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第90章 ネクロマンサー

源輝は手を伸ばした――いつもの魔力の流れではない。彼をここへ導いた“あの存在”の、ざらつくような生のエネルギーへ。


あの馴染みある、ノイズじみた“手”が再び降りてきた。霊を焼き、魂そのものを掴み上げるような感触。

胸の奥から、いや、どこからともなく、声が響く。


「必要なものはすべて揃った。では――最終工程に必要な力を授けよう。《ネクロマンシー》だ。」


源輝の血が凍りつく。

その言葉は物語の中でしか聞いたことがない。

死者を蘇らせ、術者の意のままに従わせる魔術。

だがそれは必ず代償を伴う。


数千もの言語と魔法陣の術式が、一気に脳へ流れ込んだ。異質なのに、なぜか本能的に理解できる。


再び声が響く。静かで、絶対的な声音。


「この力を使えるのは一度きり。本来、人間一人を蘇らせるには、お前には足りないほどの技量が要る。だが、私が与えた“球体”があれば、彼女の身体を修復し、魂を繋ぎ止められる。ただし……そうだ、お前の思った通り代償がある。」


源輝は喉を詰まらせる。言葉を紡ぐより先に思考を読まれ、声がそれを断ち切った。


「彼女は元の姿で戻る。しかし二つの“異常”が残る。

一つ――彼女の魂はお前に縛られ、使い魔となる。それが何を意味するか……私にも断言できぬ。

二つ――彼女は球体の力を宿す。それが招く未来は……幸福とは限らぬ。」


背筋に寒気が走る。それでも源輝の覚悟は揺るがなかった。


玲花と共に過ごした時間が脳裏によみがえる。支えてくれたこと、笑い声、生きていた頃を恋しがる小さな呟き。

元の“普通の生活”には戻れないかもしれない――それでも、再び命を与えてやりたい。


源輝は球体へ両手を当てた。

新たな力が腕を駆け上がる。それは彼が想像していたような冷たく暗い影ではなく、淡く、不浄めいた光。


光は棺へと流れ込んだ。


その瞬間、墓地全体を震わせる絶叫が響いた。

棺が激しく揺れ、中から必死に叩く音が響く。

源輝は怯み、歯を食いしばるが、力の奔流を止めない。


球体が縮み始める。

その表面から影が滲み出し、光に逆らうように液体の煙となって棺へと流れ込む。


叫びはさらに鋭く、さらに痛々しくなる。

玲花の声が、喉が裂けるほどの悲鳴が、源輝の胸を刃のように抉っていく。

それでも彼は拳を固く握りしめ、目を逸らさずに続けた。


球体は完全に消えた。最後の影が棺へ吸い込まれる。


そして――

最後の絶叫が夜空を裂き、

音が止んだ。


棺が突如、縦に跳ね上がる。ゆっくりと蓋が軋みを上げて開き――


“それ”が前へ倒れた。


玲花だった。


埋葬用の布に包まれ、地面へ崩れ落ちる。

皮膚がボロボロと剥がれ落ち、その下からは生まれたてのような瑞々しい肌が現れる。

彼女は大きく息を吸い込み、胸を掻きむしるように咳き込み、涙が頬を伝う。

声にならない絶叫が唇から漏れ、顔は苦痛に歪んでいた。


源輝の胸が締め付けられる。

迷うことなく、彼はパーカーを脱いで彼女にかけ、震える身体を強く抱き寄せた。


玲花は弱々しく彼に縋りつき、肩に熱い涙を落とす。


源輝はそっと耳元で囁いた。

声は震えながらも、彼女が掴める唯一の安定を保って。


「大丈夫だよ……必ず俺が守るから。」

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