第87章:転換
元気は階下へと降りていった。緑のTシャツに黒い長袖を重ね、ジーンズを合わせた――以前の買い物で、イサネが選んでくれた服だ。
階段の下で待っていたイサネは、青いブラウスに黒いスカートを身につけていた。元気の姿を見た瞬間、ぱっと顔が明るくなる。
「私が選んだ服、ちゃんと着てくれたんだ!」
元気は首の後ろをかき、正直に言おうとした――が、霊華が勢いよく前に飛び出し、わざとらしく大声を上げた。
「そうそう! デートだから、イサネが選んだの着たいって言ってたよ!」
彼女は身を寄せ、耳元で鋭くささやく。
「バカ、最初は着る気なかったなんて言ったら泣かせるでしょ。」
元気は小さく頷いた。確かに、それはまずい。
それなら、と彼は霊華に少しだけ恩を返すことにした。
「でも、霊華が合わせ方教えてくれたんだ。あいつがいなかったら、俺たぶんめちゃくちゃダサかったよ。」
イサネは霊華に意味ありげな笑顔を向け、すぐに元気の腕をつかんで玄関へ引っ張っていく。
「ありがとう霊華〜! あなたの努力は無駄にしないから!」
霊華は笑顔で手を振ったが、二人が見えなくなった途端、ふぅっとため息をついた。
「……なんで、素直に喜べないんだろ。」
ぼそっと呟く。ふと玄関を見ると、扉が開け放たれたままになっていた。
数秒見つめてから、肩をすくめて浮かび上がる。
「まあいいや。虫入ってきても知らない。」
イサネは元気の手を引き、そのまま新しくできたカフェへほぼ強引に連れていった。
店に入ると、彼女はさっとブース席に滑り込み、元気の隣へ座る――明らかに近すぎる距離で。
元気はメニューを開き、目を走らせる。
イサネは自分のメニューを見る代わりに、彼の肩に顎が触れるほど近くに寄って覗き込んだ。
「元気くんは何頼むの?」
その距離に心臓が跳ねたが、彼は必死に文字へ視線を固定した。
「カレーライスにしようかなって。イサネは?」
イサネはざっと見て、目を輝かせた。
「私、絶対このイチゴパンケーキタワー食べたい!」
そこへ店員が注文を取りに来た。
元気が注文を済ませると、店員がイサネを見る。だがイサネは固まってしまった。
「えっと……その……」
声が消え、彼の袖をつまんで震えながら小声でささやく。
「ねえ……代わりに言って。人見知りで……。」
元気は「あっ」となり、自然に口を開いた。
「彼女はイチゴパンケーキタワーでお願いします。」
店員はメモし、さらに尋ねる。
「ホイップはどうされますか?」
イサネがまた硬直し、呼吸が早まる。
その前に元気がすっと口を挟んだ。
「ホイップは少なめでお願いします。」
店員が去ると、イサネはほっと息を吐いた――が、すぐ頬を膨らませた。
「もー! 本当はホイップたっぷりがよかったのに!」
ぽすぽすと肩を叩くが、その力はまるで羽のように軽かった。
元気は笑いながら、気になっていたことを尋ねる。
「初対面の人は苦手なのに……俺とは普通に話せたよな。俺、特別?」
イサネの顔が一気に赤くなる。背を向け、腕を組む。
「し、知らないよ……。たまたま……元気くんは話しやすかっただけ。」
元気も頬が熱くなる。
「そう言ってもらえると……なんか嬉しいな。」
イサネは突然、両手で顔を覆い、くるっと彼のほうへ向き直った。
窓から差し込む光を受け、青い瞳がきらきらと輝く。
「まだ照れてる場合じゃないよ! だって今日のデートは、ここからが本番なんだから!」




