第83章 可能性の領域を超えて
ゲンキは周囲を見回し、ただただ圧倒されていた。空は深い橙色に燃え、昼でも夜でもない光を放ち、足元の地面はひび割れ、荒れ果てているのに──どこか生きていた。乾いた大地がわずかに脈打ち、まるでゲンキの足の下で呼吸しているかのようだった。
レイジは一度だけ彼に視線を向け、いつもの淡々とした声で言った。
「帰るのは簡単だ。歩いて戻る必要はない。この姿とのつながりを切れば、元の体に戻れる。ほんとはお前を監視していたいけど……ここじゃ時間の感覚が狂うし、あと一時間で記者会見なんだよ」
それから、声を硬くした。
「危険なものに出会ったら──即帰れ。いいな?」
ゲンキは素早くうなずいた。
「わかった。無茶はしないよ」
レイジはしばらく疑わしげに見つめていたが、そのまま本体へと戻り、ゲンキはこの荒涼とした世界に一人残された。
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空気が微かに唸っていた。絶え間ない振動が感覚を押しつぶすように響く。ここに来てからずっと、ゲンキは何かに引かれていた──地平線の向こうから呼ばれるような感覚だ。周囲を探ろうと魔力を伸ばした瞬間、それを後悔する羽目になった。
感覚が一気に溢れ出した。何百、いや何千という未知の気配。弱々しいものもあれば、あまりにも巨大で、意識が砕けそうになるほどの存在もある。
ゲンキはすぐに感覚を切り、息を呑んだ。唯一はっきり分かるもの──静電気のようなあの気配、最深の願いに触れるように囁く奇妙な共鳴だけに意識を戻す。
一歩、また一歩と歩み出す。レイジの忠告にもかかわらず、誰にも出会わない。あるのは静寂だけ。あの引力だけ。
十分ほど歩いた頃、胸の奥に不安が芽生え始めた。曲がりくねった木──枝はまるで骸骨の指のようなそれは、せいぜい一キロも先にないはずなのに、どれだけ歩いても距離が縮まらない。
ゲンキは立ち止まった。辺りを見渡す。
──それが間違いだった。
見えない重圧が襲いかかり、肉体すら押し潰すような息苦しさが走った。霊体の姿が激しく揺らぎ、今にも崩れそうになる。
“何か”が現れた。どこから、ではない。ただ──そこに「存在した」。
ぱっと見は人間のようだった。あるいは人間“であろうとしているだけ”かもしれない。見つめれば見つめるほど、目が拒む。視界が霞み、二重にぶれ、歪み、まるで現実そのものがゲンキの理解を阻もうとしているようだった。
口らしきものが動いた。
音はない。代わりに、津波のような圧力が襲い、ゲンキの身体──霊体ごと吹き飛ばす。形が壊れ、ノイズのように散っていく。
ゲンキは必死に意識をかき集め、自分を取り戻そうとした。逃げろ。もう退くしか──
だが、その存在が再び動いた。
一歩ごとに距離が縮まり、その“存在”はますます理解し難くなっていく。輪郭が薄れ、形が揺らぎ──
そして目の前まで来た瞬間、完全に“消えた”。
ゲンキはよろめきながら立ち上がり、乱れた霊体を押さえつけるように胸をつかんだ。恐怖が喉元を締め付ける。それでも拳を握りしめ、歩みを止めなかった。
この場所が何を見せようと、何を求めようと──
まだ、帰るわけにはいかない。




