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第80章:あなたは怪物だ

元気はゆっくりと立ち上がった。焦点の合わない瞳に、薄い嘲笑が浮かぶ。

「……ああ。あの愚か者どもの末裔か。ふふ……殺すのが楽しみだ。」


慎羅の動きが止まる。初めて、その顔に恐怖が走った。元気の翠の瞳はそのままだが、白目は完全に消え、底の見えない漆黒に染まっていた。その闇は、慎羅の心をも震わせるほど深かった。


元気は一歩踏み出す。悠々とした、急ぐ気配などない歩みで、倒れた清司と陽斗を軽く飛び越える。その声は元気のものではなく、どこか別の存在が響かせていた。

「この器とは契約した。生かしておく必要がある。だから――最も脅威となるお前は、排除しなければならない。」


慎羅は後ずさる。膝が震える。

「俺の……計画を邪魔させるものか!」

残された影すべてを掻き集め、怒号とともに放つ。闇の奔流が元気へと襲いかかる。


だが、元気が手を軽く払った瞬間、その波は逆流するように弾き返された。


慎羅は歯を食いしばる――その時、雲が太陽を覆い尽くし、光が消える。慎羅の口元が狂気じみた笑みに歪む。

「これで……究極奥義が使える!」


影がうねり、戦場を飲み込むほどの虚無へと膨れ上がる。


だが、その闇が震えた。

ジリ……という微かなノイズが広がり、黒い奔流はすべて元気の手に吸い込まれていく。


そして、容易く握り潰された。


「悪くないぞ、闇の魔導士よ。しかし――先祖たちに比べればお前の技量など児戯だ。あいつらが使っていた“光魔法”はどこへ消えた?」


慎羅の瞳が見開かれる。

声が震える。

「……お前……“大いなる悪”……なのか……? どうして……そんな……!」


恐慌に駆られた慎羅は、再び影の大蛇を呼び出す。さらに究極奥義を重ね、戦場全体を覆う闇の結界と融合させた。

「死ねぇ!!」


元気は舌打ちをひとつ。

闇の中を真っ直ぐ歩く。触れる影はすべて触れた瞬間にノイズとなって崩れ落ちる。

大蛇に駆け上がり、振り下ろされる触手を無視し、頭部へ拳を突き立てて慎羅を引きずり出し、そのまま大地へ叩きつけた。


闇が霧散する。


立ち上がろうとした慎羅の前に、元気が降り立つ。

一本の指を地面へ向けて突き下ろす。


慎羅の身体が強制的に地へ押し伏せられた。膝が砕ける音。

「そこが……貴様の居場所だ。」

冷え切った声が告げる。


足元に召喚陣が浮かぶ。

使い魔召喚と同じ形――だが、元気は手のひらに闇を集め、それを陣へと叩き込んだ。


「昔、ちょっとした遊びで身につけた呪術だ。――“ヘルズゲート”」


陣が裂け、地獄の門が開く。無数の骨の手が這い出し、慎羅を捕らえる。


慎羅は絶叫する。必死に抗う。

「てめぇ……! 俺の一族を呪ったせいで!! 俺を……こんな化け物にしやがって!!」


元気は喉の奥で笑う。その声は底冷えするほど冷酷だった。

「呪い? それが真実だと……本気で?」

嘲るように微笑む。

「お前たち光の一族は、かつて純潔だった。だが先祖が俺を封じたあと――心に“傲り”が芽生えた。闇は外から来たんじゃない。お前たちの中から育ったんだよ。

捨てたのは光だ。腐らせたのも光だ。俺のせいにするな――弱さは、いつだって自分の内側にある。」


指を弾く。


地獄の手がさらに増え、慎羅を深淵へと引きずり込む。


慎羅は涙を流し、震え、悟る。

自分が友を求めたのは“孤独への恐怖”であり、決して“愛”ではなかったことに。

闇が奪ったのではない。

もともと、自分には何もなかったのだと。


最後の叫びが虚空に飲まれ、慎羅は消えた。


元気の身体がぐらりと揺れ、正気が戻る。

だが、“手”が目の前に現れる。ノイズ混じりのその手が、魂の奥へ潜り込むように触れてくる。


視界が弾ける。


世界が燃える。

軍勢が倒れる。

“ノイズで満ちた男”と戦う未来。

理解を超えた恐怖。


声が響く。

滑らかで、深く、甘い囁き。


「我を解放せよ。望みを叶えてやろう。」


静電気の感触が心へ侵入する。


「――彼女は救える。」


元気の瞳が揺れる。

震えた声が漏れる。

「……本当に……彼女を……?」


言葉ではなく、“確信”が返ってくる。

――救える、と。


元気はゆっくりと頷き、手を伸ばした。

「……わかった。解放する。どうすればいい?」


次の瞬間、意識の奥に映像が流れ込む。

届かない場所。

掴めない影。

霊司、早苗――彼らと繋がる“道”。


手が薄れ、消えゆくと同時に、残った召喚陣からは慎羅の魔力が集まり、

静電気に包まれた小さな球へと凝縮される。


最後に声が囁いた。


「我を見つけよ――

その“彼方ビヨンド”で。」

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