第72章 殺害命令
カイトの目が見開かれた。
彼を覆っていた氷は半ば溶けており、筋肉をわずかに動かすだけで、残った氷を粉々に砕き散らす。
彼は無表情のままセイジを見た。セイジは睨み返す。
「……助ける気なんて、さらさら無いって顔だな。」
その推測は正しかった。
カイトは何も言わずに背を向け、地面に落ちていた刀を拾い上げて鞘に納めると、一度も振り返らずに駆け去った。
セイジは自分を閉じ込める泥の殻を見下ろす。
ひびが一筋走り、そこから鋭い突起が突き出た。
口元に笑みを浮かべ、セイジはゆっくりと力を込める。
殻が軋み、ひびは次第に広がっていった。
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その頃、ゲンキとハルトがようやく現場に到着した――
だが、彼らの目に映ったのは惨状だった。
兵士たちは必死に防衛線を張り、シンラの信徒たちと死闘を繰り広げている。
訓練も装備も兵士の方が上だが、敵は次々と押し寄せてくる。
リョウは少し離れた場所で、強化兵たちと激しくぶつかり合っていた。
おそらく、カイトと同じような改造を施された者たちだ。
ゲンキはハルトとレイカを振り返る。
「よし、今ならまだ引き返せる。帰りたい奴はいるか?」
ハルトは首を横に振った。
「冗談だろ。少なくとも兵士たちやリョウを援護できる。クロザネやクロヌマを相手にできなくてもな。」
レイカはため息をつく。
「バカみたい。でも……仕方ない、行くわよ。」
ハルトは風をまとい、空中に浮かび上がる。
だが、その手はわずかに震えていた。
ゲンキはそれに気づき、声をかける。
「落ち着け。お前、ちゃんと鍛えてきたのは見てわかる。油断しなきゃ大丈夫だ。」
ハルトは深く息を吸い、うなずいた。
「大丈夫。行こう。」
ゲンキはわずかに笑みを浮かべた。
恐怖に立ち向かう友の成長が、彼の胸を奮い立たせた。
三人は戦場へ飛び込んだ。
ゲンキは雷のような速さで駆け抜け、霊刀で銃器を次々と斬り落とす。
ハルトは地面を操り、敵の頭上に砂塵を巻き上げて視界を奪う。
その隙を突いて兵士たちは前進し、混乱していた戦線を立て直した。
ハルトは敵兵を風で宙に浮かせ、味方の頭上に落とすことでさらなる混乱を誘う。
兵士たちが勢いを取り戻したのを見て、彼はゲンキに叫んだ。
「こっちは任せろ! リョウを手伝ってやれ!」
ゲンキはうなずき、駆け出した――
そして、リョウへと迫る強化兵の一撃を間一髪で受け止めた。
リョウの目が見開かれる。別の敵の拳を掴み、そのまま壁へと叩きつけながら怒鳴った。
「ここがどこだと思ってる!? 戦場だぞ、ガキが来る場所じゃねぇ!」
ゲンキは乱暴なパンチを避け、相手の脚を蹴り払い、その関節を氷で固めた。
「わかってる! でも、みんなが命懸けで戦ってるのに、何もしないなんてできないだろ!」
リョウは眉を上げた。
「“みんな”?」
視線を向けると、レイカが退避する兵士たちを結界で守り、ハルトが風と土で敵陣を乱していた。
リョウはため息をつく。
「まったく……お前ら揃いも揃って厄介だな。いいだろ、やるぞ。」
リョウは拳を叩き込み、敵の身体に印を刻む。
その印が相手の体力と速度を奪い取る。
ゲンキは二人の敵を感電させ、周囲の地面を凍らせて足場を奪う。
「今の、何したんだ!?」と叫ぶ。
リョウは口元を歪めた。
「見てろ。封印術の真髄ってやつをな。」
彼は倒れた敵全員に同じ印を刻み、一気にそれらを解除した。
奪った力と速度を――すべて自分の肉体に解放する。
瞬間、リョウの姿が掻き消える。
ゲンキの目にも追えない速度で、彼は強化兵たちを次々と薙ぎ倒した。
一人の背後に回り、肘を叩き込む。
別の敵が横から迫るが、リョウは軽く旋回して脚を払う。
三人同時に襲いかかっても、彼は宙を舞い、回転しながら蹴り飛ばし、全員を地面に叩きつけた。
勢いを失わぬまま兵士たちの前線に戻り、まるで嵐のように敵をなぎ倒す。
銃弾が飛ぶ――だが彼はそれを指で掴み、投げ返した。
ゲンキもその背を追おうとした――
だが次の瞬間、闇に呑まれた。
気づけば、一つ隣の街区に立っていた。
目を回しながら頭を上げると、視界の端に銀の閃光。
首元を狙う、一振りの刀――。




