第3章:奪われた
甲高い耳鳴りで、元気はゆっくりと目を覚ました。視界はぼやけており、頭を抑えると指先が濡れていた。血だった。
元気はしかめっ面で身体を起こし、周囲の惨状を見渡した。車は横転しており、運転手は微動だにせず、レイカの姿は消えていた。恐怖が胸に押し寄せた。
自分の体を点検してみると、擦り傷や打撲、そして頭に大きなコブができているだけだった。大した怪我はなかった。こんなに運が良くていいものか、元気には信じられなかった。
割れた窓から車外に這い出し、元気は歩道へ倒れ込んだ。近くのビルにもたれかかり、荒い息をついていると、数瞬後、通りの向こうから二人の人影が現れた。水原玲司と炎上大悟だった。
水原玲司の表情は険しかった。「篠原から連絡があって……レイカが連れ去られた」彼は静かに告げた。
元気は壁に手をついて体を起こし、足元を固めて立ち上がった。瞳に怒りの光が走る。「それじゃあ、何でこんなところで立ち尽くしてるんだ!早くレイカを見つけに行かないと!」
水原は一歩近づいて肩に手を置いた。「心配しているのは分かっている。でも向こうは彼女を生きたまま連れて行きたがっているんだ。むやみに突っ込めば、事態を余計悪化させるだけだ。慎重に考えて行動しないと――」彼は言葉を切った。しばらく躊躇した後、付け加えた。「必ず彼女を連れ戻す。約束する」
元気は反射的に叔父の手を振り払った。「そんな言い訳、聞きたくない!彼女は今も危険な状態なんだぞ。それなのにお前らはここで立ち尽くしているだけじゃないか!」
水原は口を開こうとしたが、元気はまだ続けていた。「お前は精霊術士だろう!?炎上は元素術士で、篠原は音響術士だ。お前らこそ魔法の力を持つ者だ。なんとかできる立場にいるんじゃないのか?それなのになんで動けないんだ!」
その時、突然、リカが背後の歩道に激しく着地した。荒い呼吸を続けながらも、鍛え上げられた腕は怒りと疲労で震えていた。
予告もなくリカは元気に駆け寄り、思い切り頬を叩いた。
元気は思わず硬直した。
「私たちが彼女を助けたくないなんて思ってるの?」リカは低い声で言った。赤い瞳が怒りに燃えていた。
「あの子は私たちにとって家族同然なのよ!でも相川、私たちは神様なんかじゃないの!」
「やれることには限界があるって信じて!できないことで腹を立てているのは、私たちだってお前と同じなのよ!」
元気は目を地面に向けたまま、体を震わせた。拳は強く握りしめられ、呼吸は荒かった。
「もういいよ……」元気は震える声で呟いた。それから彼は振り返らずに走り出した。二人の呼び声を無視し、迷路のような街の中へと姿を消した。
「元気!」水原が後ろから慌てて呼びかけた。「畜生…!」彼は足元に拳を打ちつけながら呟いた。しかし少年の姿はすでに消え、迷路のような街並みに溶け込んでいた。
魔法使いたちはこれまでも数多くの試練を乗り越えてきた。しかし今日は、幼い二人の子供を救えなかったのだった。