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第三話

「君、未成年でしょ?」

 喫煙所で始めたばかりの煙草をふかしていると不意にそう話かけられた。前を見ると、二十代前半の様な風貌をした女性が慣れた手つきで煙草を吸っていた。

 彼女は夏だということをすっかり忘れてしまった様に、長袖を着ていた。俗に言う幸が薄い顔をしていたが、どこか憂いを帯びた表情には似合わないホクロが左側の目元に二つ並んでいた。

「もう二十歳を超えてますよ」と言うと彼女は笑いながらこちらを見た。

「君みたいな二十歳どこを探してもいないと思うけどな。私に嘘は通じないよ」

 一瞬、図星を指され驚く。

「君は若いのにハイライトを吸うんだね。なかなか渋いから思わず声を掛けちゃったよ」と彼女は二本目の煙草に火を付けながらそう答えた。

「お姉さんは何を吸ってるの?」と聞く。

「私のはセブンスターって言うんだけど知ってるかな?」

 セブンスター、煙草を始めたばかりの自分には聞き慣れない名前であった。

「なんかかっこいい名前ですね」と茶化す様に言った。

「吸ってみればわかるよ。ほら口開けて」

 彼女は半ば強引に吸いかけの煙草を口に押し込んで来た。その煙は程よく甘く、まったりとした味わいであった。

「グロス付いちゃったね、あはは、可愛い」

 そうからかわれながらも、不思議と悪い気持ちはしなかった。スマホで確認すると唇が朱色になっていた。

「君の吸ってるハイライト代わりに頂戴。それなら丁度いいでしょ」

 彼女は俺の手から煙草を貰うと、それをなんの躊躇いも無しに美味しそうに吸い出した。

「昔、お父さんが吸ってたの思い出しちゃってね」

「君これから何か予定でもあるの?」

 彼女はハイライトを吸い終えるとこちらの目の奥を覗く様に聞いてきた。

「ただあてもなく散歩してただけですよ」と答えると彼女は何かを企む様な顔でこう言った。

「じゃあこれから私とカフェにでも行かない? もちろん私が持つよ」

 カフェと聞いて様々な疑念を抱いたが、彼女はお構いなしに俺の手を引いて歩き出した。

「さっきから鼻の下伸びてるよ」と言われ、元々こういう顔なんだよと言い掛けたが、彼女に全てを見透かされている様な気分になったので適当に相槌を打った。

 五分くらい歩き、人混みに酔い始めた頃、彼女の足取りがある店で止まった。

 その店の看板には、ミセス・コーヒーと書かれていた。名前から流行りのカフェの様なイメージを持ったが、実際は古風な洋館の様な佇まいで薄暗くも品のある建物だった。

 ドアを開くと、風鈴の涼しげな音が店内に響き渡り、うだる様な暑さを忘れさせた。店内には観葉植物やドライフラワーが飾ってあった。

「あら、かなり久しぶりね。いらっしゃい」

「こんにちは! マダムさん」

 彼女は、ミストレスと思われるその女性と軽く挨拶を交わし、いつも座ってるという窓辺の席に座った。

「この席、昔を思い出せるから好きなんだよね」と彼女が言った。

「さっきの人は知り合いなの?」と聞くと彼女は得意げな顔で教えてくれた。

「あの人は、マダム。何でか知らないけれどみんなマダムって呼んでるの。本名も年齢も何一つ教えてくれないけれど、ここら辺の人はみんな知ってるよ」

 その女性からは、酸いも甘いも経験した人が醸す大人びたオーラを感じた。

 マダムさんが注文を取りにこちらに来た。

「君は知ってる? ここら辺の土地って不思議なことが良く頻発するんだって。何でも自然が多く、立地的にヒトの様々な念が集まりやすいからなんだってね。あら、ごめんなさいね。注文は決まったかしら?」

 注文を伝えると、テーブルの上にはブラックのコーヒーが二つ並んだ。

 少しの沈黙の後、彼女が話を切り出した。

「喫煙所で急に話かけたりしてごめんね。びっくりしたでしょう? たまたま今日見かけた時に煙草を吸う姿があまりにもお父さんにそっくりだったから」と彼女は悲しそうな顔で言ったが目が少しだけ泳いでいる様な感じがした。

「時間はたくさんあるから構いませんよ」と飲み慣れない苦い珈琲を飲みながら答えた。

「そういえば、晦様って知ってる? この前ネットの記事を見たときに書いてあって。よくよく調べたら、ここから近いみたいなんだよね。時間あるなら散歩がてら探そうよ!」

 断る理由もないし彼女の散歩に付き合うことにした。

 彼女と生まれ育った街を散歩していると普段意識していないだけで、街の様相が昔と変わっている事に気が付いた。

「昔ここに小学校があって、俺そこに通ってたんですよね」

「そうなんだ。私もここ通ってたよ。じゃあ君は私の後輩だね」と彼女はにっこりしながら答えた。

「小学校の時の事って覚えてる?」

「記憶が曖昧であんまり覚えてないんですよ、友達や知り合いの先輩も少なかったので」

「そうなんだ……」と彼女は伏し目がちに答えた。

 会話をしながら歩いていると、大きな公園の近くにある神社が目に留まった。

「神様なら神社とかにいるかもだよ。少し探してみよ」と彼女は小走りに入って行った。

 歩く仕草や手の組み方に既視感を感じたが思い出せなかったので気にせず周りを眺める。

「この神社で物に願い事を書くと叶うんだって」と彼女はこちらを振り向きながら言った。

 そんな彼女の後を追いながら鳥居を潜ると懐かしい光景が広がっていた。小学生の頃に夏祭りでよく来たなと思い出す。お賽銭を入れる彼女の後ろ姿に何処か親しみを覚えながら、辺りを探すふりをした。わかっていたが、何も見つからなかった。

 探し疲れたので、お賽銭箱の前の小さな階段に座り良くない事だと思いつつも二人で一服をした。

 そんなことをしているうちに夕刻のチャイムが流れた。

「私そろそろ行かなきゃ。今日はありがとうね。バイバイ」

「また会えるかな?」と彼女に聞いても何も答えなかった。

 去り際に彼女は僕の方に近づき、口付けをした。セブンスターの味がした。走りながら去って行く彼女の頬に涙が伝っていることに気がついた。しかし、その事に気が付いた時にはもう既に彼女の姿は見えなくなっていた。

「あはは、グロス付いちゃったなあ」

 独り言がただ虚しく虚なオレンジ色をした空に響いた。

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