第一話
友たちへ
序章
君は知ってる? 口の無い男の話を。今回はそんなヒトの話。
桜の花が咲き乱れ、老若男女の声がこの広い公園にうっすらと聞こえる。まだ少し肌寒さを感じながらその光景を意識することなくただなんとなく見つめていた。
この公園は自宅から近く、幼少期の頃から家族や友人と過ごした大切な場所だ。
初めて煙草を吸ったのもこの公園だったと感傷に浸っていると、いつの間にか隣のベンチに座っている人達の会話が耳に入る。
「ねえ、今日はなんでマスクしてるの?」
「寝坊してメイクしてないからよ」
「スッピンでも可愛い顔してるじゃない。特に口元が素敵」
彼女達の会話を聞きながら素敵な口元とはどんな感じなのかを想像する。
「そんなことよりもさ聞いた? 口無し男の話」
「口裂け女じゃなくて?」
彼女はマスクを顎まで下げて大きく口を開けるジェスチャーをしてみせた。
「今どき、そんな都市伝説流行らないわよ」
「本当にいるんだって」
「分かったから、早く新しく出来たカフェに行くよ」
彼女達は、それきり何処かへと行ってしまった。
最近、駅中に新しく出来た有名チェーン店をふと思い出す。昔はよく何かを探すみたいにカフェに行ってたなと珈琲の様な苦い思い出が頭をよぎり、景色がぼんやりとする。
夕刻を告げるチャイムが優しく流れ始め、いつの間にか周りにいた人達の気配が無くなっていたことに気が付く。
虚なオレンジ色をした空を眺めながら、いつも持ち歩いているセブンスターの空箱を祈る様に握る。そして、何かを隠すみたいに深々と付けたマスクの位置を正した。