82-ドラゴニアへ
「(クソっ!何でバレたんだ⁈)」
イチは中腰になり翠亀剣に手を伸ばす。隣を見るとリコが青ざめた顔で震えていた。
「わ……私の変化が見破られたのかも……」
「リコのせいじゃないよ!ボクかも知れない!」
「あ……アッシじゃないでゲスよ!」
フォレスタとゲス郎も息を潜めながら小声で話す。それを見て、焦りながらもイチは必死で考えを巡らせる。
「(どうする⁈いっそ竜人に変化して誤魔化すか⁈……いや、ダメだ。スーホ車に乗った時は人間だったから、御者の反応でチョビにはバレる!)」
万事休すか!と思っていたが……
何故かチョビたちは幌車に近づいてこない。まるで何かを警戒しているかのようだ。
恐る恐る幌車の隙間から外を伺うイチ。チョビや傭兵達は幌車を囲みながらも距離を取ったままだ。
「(どうしたんだ⁈というか、いつもコンビを組んでいたアンがいないじゃないか⁈何かあったのだろうか⁈)」
少し頭が冷えてきて周りが見えてきた。アンチョビコンビは二人だから怖いのだ。落ち着いて相手の人数を確認した。チョビとガラの悪そうな人間の傭兵が3人。戦わないのが一番だが、最悪、このくらいならなんとかなる。そう思いながら、チョビと御者の会話に耳を傾けた。
「おい、御者、このスーホ車に人間の女は乗っているか⁈」
「へえ、二人ほど、可愛らしいのと美人の二人が乗っていますが……」
「そうか……」
そう言うとチョビは手の甲を幌者に向けた。よく見ると指には青い指輪が嵌められており淡く光っている。
「(……⁈どこかで見た指輪だぞ……⁈)」
イチがそう考えた瞬間、
「(思い出した!ギラードの腕に身につけられていた魔道具の一つだ!どんな能力がわからなかった指輪じゃないか!持ってきていると言う事は使いこなせているのか⁈ヤバい、何されるかわからないぞ!)」
血の気が引き、リコに自分の後ろに回るようにと左手で合図するイチ。そして翠亀剣の柄に手をかけ腰を低くする。いつでも飛び出せるように。
しかし、チョビの指の青い指輪は、淡く点滅した後に、フッと光を失った。それを見てチョビは、
「ハズレか……行って良いぞ、邪魔したな」
そう言ってこちらの幌者に背を向け、自分のスーホ車に戻っていった。
ホッとした空気が幌車の中に漂う。
「(なんかわからないけど疑いは晴れた様だ……助かった……)」
そう思った瞬間だった。
「へへへ、チョビ様、お願いがあるんですが」
傭兵たちがチョビに話しかけた。やけに下卑た声だ。
「なんだ⁈」
「竜人様方から俺達へ支払われる傭兵としての報酬が最近滞っていて……そろそろ支払って欲しいんですが」
それを聞いて明らかにムッとするチョビ。
「こんな時にか!報酬は本国から金が届いたらちゃんと払う、もう少し我慢しろ!」
「いやあ、竜人様たちが約束を違えるなんて思っていませんぜ!ただ……」
傭兵たちの下卑た声が続く。なんだろうイヤな予感がする。
「さっきそのスーホ車の御者が可愛らしいのと美人の女が二人乗っているって言ってたじゃないですか。そいつら攫っちまって売ればちょっとした金になると思うんですよ!少しの間だけ俺達の行動を見逃していただけやせんかね⁈」
「(なんだって⁈)」
血の気が引くイチ。そしてその傭兵たちの申し出を受けて考え込むチョビ。
「そう言えばお前らは人間の社会では死刑囚になった元人身売買の元締めだったな。腕が立つから竜人の傭兵をする事で助命してもらえてたのだったか。ふん、クズの中のクズの分際で……まあ良い、それで金が浮くなら他の人間がどうなろうが知った事じゃない、好きにしろ」
野太い声の歓声が上がる。
「へへへ!チョビ様、ありがとうございやす!」
「お姉さん達~顔を見せて~♪俺達が楽しい場所へ連れてってあげるよ~♪」
下卑た声が響く。そしてガラの悪そうな傭兵がこちらに歩いてくるのが見えた。
「(ウソだろ!)」
この可能性を考えてなかった。凶悪な竜人と虐げられた可哀そうな人間と言う単純な構造で考えていた。よく考えたら人間にもクソ野郎はいる筈じゃないか!
傭兵を倒すのはたぶん何とかなる。だがその場合間違いなくチョビとの戦闘になる。いや、戦闘なら良い。逃げられてこの先々に追手を放つように兵を手配されたらお終いだ。ならチョビを仕留めて、その後に人間の傭兵たちに告げ口しないように念押しするか⁈……ダメだ!こんな世界で人間社会で死刑囚になるようなクズたちだ!絶対に俺たちの情報を竜人に売りに走るに違いない!
消すしかない!
後ろを振り返ると青い顔をしてリコが震えていた。
フォレスタは鉛の様な暗い目をしながら無言で刃物を抜いている。躊躇いなく傭兵達を殺す気だ。
それらを見てイチも覚悟を決める。
「(エリトと殺し合いをし始めてから、いつかこんな日が来るかもとは思ってはいたけど……)」
歯を食いしばるイチ。
「(とうとう……俺も人殺しか……!)」
震える手で翠亀剣を握るイチ。
一瞬でカタを着けてやる!
そう考えた瞬間だった。
「ん!待て!お前ら!」
チョビが声を荒らげ傭兵達を制止した。見るとチョビの指に嵌められた青い指輪が強く点滅している。そして指輪の宝玉からドラゴニア方面にレーザーの様な光線が10秒ほど放たれて、消えた。
「は……ははははは!遂に尻尾を出したなライミ!お前ら!すぐに行くぞ!早く荷台に乗れ!」
「え……えええ⁈」
クズの傭兵達から不満の声が上がる。それを聞いて激昂するチョビ。
「クズどもが!不満があるなら死刑にするぞ?走れ!さっさと乗れ!」
「ひ……ひい!行きます!それだけはご勘弁を!」
大慌てでチョビのスーホ車に飛び乗る傭兵達。そしてそのまま全速力で走り去るチョビ一行。
あっという間に彼らは地平線の彼方へ消えてしまった。
取り残されたイチたちは呆然としながら、呟いた。
「助かったでゲス……でも」
「はい、たしかに聞きました」
「ボクもしっかりと聞いたよ」
「ライミさんはドラゴニア方面にいるのか、どうやらこちらで正解だったみたいだけど……」
そう言いながらイチはスーホ車を降りた。そして御者を睨みつける。すみません……と言う表情の御者。するとフォレスタも降りてきて無言で御者にお金を多めに握らせていた。『口止め料込みの価格だ、今後こんな真似をしたらどうなるか分かっているよね⁈』と凄い目力で脅しをかけている。その目を見て察した御者は泣きそうになりながら平謝りして去って行った。イチは去っていく御者を見送った後、ドラゴニアの方をジッと見て、
「今まで、この世界の良い人たちに出会い過ぎていた……人間にも気を付けないと」
悲しそうな声でそっと呟いた。
そしてこの後は竜人変化も駆使してなるべく目立たないように街道を歩いて行った。
そして5日後の夜、
「見えた。あれが……ドラゴニアの街だよ」
フォレスタが遠くに見える街の灯を指さしながら呟いた。




