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80-約束

ゼイ、ゼイ、ハア、ハア、ハア……


二人の竜人が暗い森の中を駆けている。身体の大きな竜人と背の低い竜人だ。双方足取りはフラフラで、片方は時々えずいているし、もう片方は脚を引きずっている、今にも倒れそうだ。


バタっ


身体の大きな竜人がついに力尽きて倒れる。続けて背の低い竜人も膝をつく。二人とも肩で息をしていてオーバーヒートした車の様に身体から黒煙を上げている。


「しっ……かりしろ……アン……早く飲め」


「す……すまねえ……チョビ」


アンとチョビだ。チョビは懐から震える手で黄金色の丸薬を出すとアンの口の中に放り込む。えずきながらもやっとの事で飲み込むアン。チョビはアンが飲み込むのを見届けてから、自分も黄金色の丸薬を飲み込む。


ほどなくして二人の身体から立ち上っていた黒煙が消えた。そして皺皺だった肌も、元の張りのある身体へと戻っていく。


チョビは腰の携帯袋に入っていた水飴を取り出し奥歯で嚙み砕いた。口の中が水で満たされ、貪るように飲み干す。見るとアンも水飴を3粒ほど取り出して一気に噛み砕いていた。

水分がのどを潤し、少し息が落ち着いてきたらしく、疲れた顔で顔を見合わせる二人。


「……アン、毒は大丈夫か⁈」


「……なんとかな。完全中和させるには魔道具持ちの医者に見せなきゃならんが、とりあえずは動けそうだ。アンこそ矢傷は大丈夫か⁈お前の方が身体は小さいのだから、何かあったらシャレにならんぞ?」


「大丈夫だ、こんなもの」


チョビは脚に刺さっていた矢を掴み力を入れて引き抜くと、腰の携帯袋から青い石を取り出した。竜人兵の救急セルだ。チョビが青い石を二つに割って、流れ出してきたピンク色の肉まんみたいなスライムを患部に塗る、すると傷口はみるみる塞がり、見た目には傷口は完全に消えてしまった。


一息ついた後、チョビは携帯サックに入れていたギラードの腕を取り出す。改めて見ると、逃げていく時に着いたのだろうか。泥や煤などで薄汚れていた。チョビは指で丹念に汚れを落とすと、しばらくギラードの腕を見つめ、ため息をついた。


「ギラード様の右腕を回収できたは良いが、エリトの野郎に借りができちまった。忌々しいがギラード様の腕をエリトに引き渡すしかない。手柄を横取りされちまうな、クソっ!」


チョビが地面を拳で殴る。それを見てアンが言った。


「別にエリトの野郎に手柄を渡す必要なんてねえんじゃねえか?」


「え⁈それは……」


「よく考えろよチョビ、さっきの戦いで俺達につけられた監視の蛇は離れたぞ。また監視をつけられる前に、バックれて、腕をギラード様に届けちまおうぜ。そしてエリトの小間使いから外してもらう命令をいただくんだ」


それを聞いてチョビが少し考え込む。


「それは良いが……俺は人間に借りを作るのはまっぴらごめんなんだよな」


「チョビ、お前、変な所で義理堅いんだな。よく考えろ、なんで俺達誇り高き竜人が人間との約束を守る必要がある⁈それにエリトの性格を考えろ、このままじゃ俺達一生エリトの奴隷だぞ⁈」


アンの言うとおりだ。あの黒百合とか言う蛇の監視が外れた今は奴隷から抜けられる千載一遇の機会だ。いっそ……


チョビがそう考えた時だった。


「やあやあ!アンチョビコンビ、お仕事ご苦労!さて、ギラード様の腕を渡してもらおうか!」


森の奥からエリトがニヤニヤと笑いながら現れた。


「げえ!エリト!」


顔を歪めるチョビ。そして気づいた。エリトに右手がある事に。


「(どうやって再生させたんだ⁈って事はまた姿を消したり、強力な雷の大砲が撃てるようになったって事か⁈クソ!)」


一瞬そう考えた後、なるべく平静を装い、目だけで周りを見るチョビ。そしてアンの足下の草むらに小さな黒い蛇がいる事に気付く。チョビに発見された事に気付いた小蛇は、挑発するように舌を出した後にぐにゃりと形を崩すと、みるみるうちに2mくらいの背丈の病的な感じのする長い黒髪の瘦身の美女に変化した。そしてすべてを見透かした意地悪そうな笑顔を向けてくる。


「(すぐに俺達に取りつかず、ずっと後方から様子を監視していやがったのか!クソが!)」


チョビが心の中で毒づき口元を歪める。それを見たエリトが、


「……聞こえなかったのか⁈ギラード様の腕を渡せと言ってるんだが⁈」


右手をわきわきさせて早く寄越せと要求してきた。

心の中で舌打ちをしながらギラードの腕を渡すチョビ。

エリトはギラードの腕を受け取ると、つけられている魔道具をウキウキで眺めながら、


「ご苦労だったな、仕事に戻って良いぞ⁈」


満足そうに笑い、アンチョビコンビの方を見もせずに告げる。

その姿を見て心底イヤそうな表情をしながら、


「わかったよ、仕方ねえ、アン、ほら仕事に戻るぞ」


捨て台詞を吐き、立ち去ろうとするチョビ。

その時気づいた。








アンが泡を吹いて倒れている!







「アン!どうした⁈」


駆け寄ろうとするチョビを腕で制するエリト。雷の大砲を打つ構えだ。


「な……エリト、てめえ!」


思わず叫びそうになるチョビ、だができなかった。

エリトの後ろで捕食者の目で視線を飛ばしている、黒百合と目が合ったからだ。

蛇に睨まれたカエル……この世界にカエルがいるかはわからないが、指一本動かせないチョビ。

その姿を見て黒百合は満足げに微笑み、こう言い放った。









「約束をやぶったでありんすね⁈」









黒百合がそう言うと、アンが足元からドロドロに溶け始めた。よく見るとアンの脚に蛇が咬んだような跡がある!そこから毒が流し込まれたようだ。


「『誇り高き竜人が人間との約束を守る必要はない』か……良い身分だな⁈以前に『お前らは俺様の部下だ。如何なる反抗も許さん』と告げたよな⁈なるほどこれは確かに約束違反だ」


エリトがニヤニヤしながら続ける。


「あ……が……ああああ、アアアアアアアア⁈………チョビ、オデ、トケテ……」


「あ……ああああ、アン!……待ってくれエリト!俺達が悪かった!もう逆らったりしない!だからアンを助けてやってくれ!頼む!」


意識が混濁して語彙力がなくなりながら溶けてゆくアンと、それを見て泣いて命乞いをするチョビ。


「良いのかね?誇り高き竜人とやらの姿じゃない気がするなあ⁈チョビくん⁈」


「わ……悪かった!なんだってする!頼む!頼むから!アンを助けてやってくれ!」


意地悪な物言いをするエリトとその足下に縋りつき必死で命乞いをするチョビ。完全に上下関係が成立した姿だった。そのチョビの態度に満足したのだろう、エリトは、


「ははははは!まあ良いだろう!これまで以上に働いて貰うなら……」



そう言いかけた瞬間だった。



エリトは首筋に氷を当てられたような視線を感じた。振り返るとそこには底の見えない昏い目をした黒百合がエリトを無表情で見つめている。


「約束は絶対でありんす……」


「あ……ああ」


思わず息を飲んでしまい、声が出せないエリト。それを見て幸せそうな顔をする黒百合。そして黒百合はそっとエリトの隣に寄り添うと、肩に色っぽくしなだれかかり、吐息をかけるように耳元で囁いた。


「わっち、お腹が空いたでありんす……」


「あ……ああ、わかった。食って良いぞ」


反射的にそう返してしまうエリト。

それを聞いた瞬間に、黒百合はぞっとするような病的な笑みを浮かべると、大きな蛇に変化して、もう半身がドロドロに溶けてしまっていたアンを一息で飲み込んでしまった。


「アアアアアアアア!アン!アンがあ!ちくしょおおお!」


泣き叫ぶチョビ。そんな叫びを無視するかのように黒百合の身体から小さな蛇が分離して、チョビの首筋に絡まると、ゆっくりと溶けて首に染みこみ、以前の時の様に刺青になった。


それの一連の動きを見たエリトは何かを感じ取ったのか、急に尊大な態度になり、チョビに告げた。


「これに懲りたら、二度と逆らおうなんて思わない事だなァ⁈お前には監視がついている。命が惜しければ存分に働け、働きによっては厚遇を考えてやるぞ、はっはっは!」


「わかったよ!ちくしょおおお!ちくしょおおお!」


泣きながら森の奥に走っていくチョビ。エリトはその後ろ姿を見届けた後、いつの間にかまた人間の姿になっていた黒百合を横目で見ながら心の中で呟いた。


「(約束を破るとこうなるのか……おそらくこの俺も例外じゃないのかもな。だがこの世界を支配して、竜人皇にとって代わろうとするならコイツくらい制御しないとな、それに……)」


黒百合をもう一度見た。アンを丸呑みにしたせいかお腹がポッコリとしている。そして、そのお腹を愛しそうに何度も何度も撫でていた。しかも、いつもは病的で青白い顔をしているのに栄養を摂ったせいなのだろうか、頬に紅が差している。


だがその目は昏いままで、底なしの井戸の様に闇が深い。正直恐ろしい。


だが、





「綺麗だな……」





思わずそんな呟きが漏れるエリト。ハッとなって、今のセリフを聞かれていないかと平静を装いながら顔を背けると、黒百合に告げた。


「行くぞ、黒百合。このギラードの腕、有効に使わせて貰おう」


「おや、お前様⁈ギラード様に腕を引き渡すのでは⁈褒美を貰いに行かなくてよろしいのでありんすか⁈」


それを聞いたエリトは、


「なあに、いずれ俺様が上に立つんだ。使えるカードはここぞという時の為に取っておく」


悪い顔をするエリト、それを見てパアっと明るい顔をする黒百合。


「はい♪お前様」


そのまま振り返りもせずに自分勝手な速度でぐんぐん先に行くエリト。その後ろ姿を見ながら。


「(ああ……本当に呪わしくて忌むべき愛しい愛しいお前様、その悪い性格も底の浅さも本当にお慕い申しているでありんす。本当に、本当に……)」


黒百合は目を細めた。昏い目は紅く染まっている、捕食者の瞳だ。


「(美味しそう……)」


そう心の中で呟くと、そっとエリトの3歩後ろをゆっくりと歩き続けた。






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