78-戦果
ブワアアアアア
双頭の蛇の口が大きく開き、瘴気の様なものが撒き散らされる。
瘴気は意思を持つかのようにゆっくりと囲むように広がり、襲い掛かってきた。
そして瘴気の一部が、やぶ蚊の様にフワフワと近づきイチの肌に触れた。
ジュっ
「うわ⁈熱い⁈」
瘴気が肌に触れた瞬間、火傷したような熱さを感じた。慌ててバックステップするイチ。
そして広がった瘴気の一部はアンとチョビの両名をも覆うと、彼らの頬も撫でた。
ジュっ
「熱ゥ!」
「痛ェ!」
飛び上がらんばかりの勢いで目を覚ます竜人二人。
それを呆れた目で見ながら淡々と告げる双頭の蛇。
「ほら、早く逃げるでありんすよ、ノロマども」
「ぐっ……退くぞ!アン!」
「あ……ああ」
屈辱を感じた顔をしながらも足を引きずり、アンチョビコンビが逃げ始める。
「待て!逃がすか!」
そう叫びながら『薙ぎ払い』を発動させるイチ。衝撃波で瘴気を吹き飛ばした!
……だが吹き飛ばされた瘴気は、また雲霞のように集まり、纏わりついてくる!
そして瘴気はさらに煙幕の様に広がりアンチョビコンビを視界から消そうとする!
マズい、逃げられる!
同時に脳内に無慈悲な声が響いた。
「『アクセル255』限界時間まであと10秒」
ウソだろ⁈
ダメだ!ギラードの腕を持ち帰らせるわけにはいかない!
全力でアンとチョビを追おうと前のめりになるイチ。
だが前に出ようとすると瘴気が牽制するかのように襲い掛かってくる!
「(クソ!動けない!)」
心の中で悪態をついた瞬間、後方から声がした。
「イチ!伏せて!」
フォレスタが、逃げるアンとチョビの背中に向けて矢を放つ!必中の一撃だ!
……だが、瘴気が微妙に矢に干渉したのだろうか⁈糸引くストレートみたいに真っ直ぐ飛んでいく筈の矢はグラグラ揺れ出し、明後日の方向に飛んで行ってしまった。
そして瘴気はどんどん広がり、ついにはアンとチョビの姿をほぼ覆い隠してしまった。
「ええい!ままよ!」
多少の火傷は覚悟の上だ!まだアンとチョビは射程距離だ、間に合う!トドメを!
意を決して瘴気に飛び込もうとするイチ!
その瞬間、
ゾワッ
イチの脳内に自分が大きな蛇に丸呑みされるようなイメージが湧いた。
「ーーーーーーーーーーーーーーー!」
声にならない声を出して、本能的にバックステップするイチ。
勢いで体勢を崩し、慌てて跳ね起きる。
その瞬間、
「あらあら、食べ損ねたでありんすね⁈」
ゾッとする冷たい声を耳元で囁かれた気がした。
冷たく、そして病的な艶のある声。
「この声……思い出した!この蛇はエリトの側にいたアイツだ……!」
……って事はこの瘴気は!ヤバい!
「フォレスタ!下がれ!」
追跡モードに入っていたフォレスタが慌てて脚を止める。
それを見た双頭の蛇はクスクス笑いながら、
「命拾いしたでありんすね⁈まあ、あちきのご主人様がいずれ挨拶に行くでありんすから楽しみに待っているでありんすよ⁈」
そう言い残し、瘴気の中へ溶けるように消えた。
そして周りの瘴気も霧が晴れるかのように消えていった。
そして
アンとチョビの姿は見えなくなっていた。
「逃げられた……」
悔しそうな声を出すイチ。
「(いや、今なら『アクセル255』を連続使用すれば追いつけるかも!まだ間に合う!)」
そう一瞬考えたが、
振り返ると、リコがジーンさんに必死で回復魔法をかけ続けているのが目に入った。
ジーンさんの顔色は先ほどよりも更に悪く、土気色になっていた。
「(ーーーーーーーーーー!落ち着け!悩むな!即座に判断しろ!どっちが優先だ⁈)」
一呼吸入れるイチ、そして、
「今はこちらが優先だ!」
そう叫びながらイチはジーンさんの治療を手伝いに戻った。
リコの回復魔法、イチの心臓マッサージ、そしてフォレスタが森の中で見つけてきた薬草。それらのお陰でジーンさんは一命をとりとめた。
案外役に立ったのは、どぶろくさんの用意してくれた豆酒だった。意識を失いそうになったジーンさんへの気つけ薬として活躍してくれた。ありがとう、どぶろくさん。
だが助かったジーンさんは暗い顔をしていた。
「すみません……私のせいでギラードの野郎の腕を奪われてしまって……」
そう落ち込むジーンさんにリコやフォレスタが声をかける。
「そんなことないです!命が助かって良かったです!そもそも私の回復魔法がもっと強力なら……」
「そんなことない!リコはよく頑張ったよ!ボクがアンとチョビを仕留めきれなかったのが……」
そんなやりとりの中、イチも声をかける。
「いや……みんなよくやってくれたよ。それに……」
アンとチョビが逃げて行った方向を見ながら続けるイチ。
「あの双頭の蛇はおそらくエリトの仲間だ、追っていった先にエリトが待ち伏せしていた可能性がある。悔しいけどこれが今の俺達の精一杯だ。今は皆が生き残れた事を喜ぼう」
ふっと空気が緩む。そうだ、俺達は生きている。まだ終わっていない。
皆の顔に少し笑顔が戻る。
「そうそう、どんな事をしても生きなくては意味がないでゲスよ!」
空気を読んでるのか読んでいないかの様なタイミングでゲス郎が声をかけて来た。よく見るとどぶろくさんの豆酒を拝借して飲んでいる。こ……こいつ!こんな時に!
怒ろうと思った時に気が付いた。ゲス郎の指に指輪がついている。どこかで見たような赤色の指輪……。
「あ!ゲス郎!それ!」
「ゲヒヒヒヒ、なんとかギラードの腕からこの魔道具だけは抜き取れたでゲスよ!」
ドヤ顔で指輪を見せつけてくるゲス郎。
「でかしたぞ!ゲス郎!」
皆の顔がパアっと明るくなった!
そしてこの光景を見たジーンさんは目を丸くしていた。
「本当に……役に立つ事あるんですね、そいつ……」
「ああ!稀にね、稀にだけど!」
少し苦笑いしながら返すイチ。そしてそのやりとりを聞きながら明らかに増長したゲス郎が続ける。
「へへへへへ、アッシはやる時はやる男でゲスよ⁈……ところで、勇者様はこの指輪に幾らの値をつけて下さるでゲスか⁈」
下卑た声で囁くゲス郎。金取るのかーい!
そして、そのゲス郎の発言からノータイムでフォレスタのチョップがゲス郎の脳天に刺さるのも見えた。そしてそのままアイアンクローをゲス郎に食らわせるフォレスタ。悲鳴を上げながら背中を捕まれたカナブンみたいに空中で足をバタバタ動かすゲス郎。それを見て遠い目をするリコ。いつもの光景が戻ってきた。
「……本当に連れて行って良いのですか⁈コイツ⁈」
ジーンさんがジト目でイチを見る。
ごめん、これがゲス郎なんだ。思わず苦笑いするイチ。
「ま……まあ!とりあえずこの指輪を調べてみようか!」
誤魔化すかのようにそう言いながらイチは指輪に魔力を込めてみた。




