76-変身
ドスドスドスドスドスドスドス
アンがガードを固めて力任せに突進してくる!
あちこち動き回られるのも怖かったが、今度は動く壁が迫ってくる怖さだ!ヤバい!
……と思ったが、
「(あれ⁈なんか遅い⁈)」
アンは巨漢だが自分で動けるデブと言うだけあって動きは俊敏だったのだ。それがかなり鈍重になっている。クラブ対抗リレーで例えるなら陸上部の走りから、柔道部とか、体格は良いけどちょっとスピードの落ちる走り方に変わった感じだ。
「(そうか!守りを固めているから思い切って走れないんだな⁈……だったら!)」
イチはアンの正面に飛び込み腰を落とし、風切りのナイフを強く握り込む。そして手首を回転させて内臓を抉るような渾身の突きをアンにぶち込んだ!
ドガガガガガ
アンの身体の中心に向かってナイフの刃先から必殺の衝撃波が飛び出し……命中した!
硬い岩盤をドリルで削るような音がして、髪の毛が焼けるみたいな焦げ臭い匂いが漂う。衝撃で落ち葉や砂煙が舞い視界を塞いだが、アンの着けている鎧や腕当てが弾け飛ぶのが見えた。
手応えアリ、仕留めた!
「(よし!完全に命中した!あとはチョビの不意打ちに注意して一歩下がって……)」
チョビはこの砂煙の視界不良を見逃さない筈だ。間違いなくまた眼球を狙うか、小刀で一突きを仕掛けてくる。
イチは冷静にそう判断して、軽くバックステップしてチョビの攻撃に備える。
その瞬間、
ブオン!
砂煙の向こうから丸太のような太い腕が飛び出し、ほんの今、イチが立っていた所を薙いだ!
「うお⁈」
全身が凍るくらいの冷や汗をかいて、大慌てで脚を回して近くにあった大木の背後に回るイチ。
しかし、間髪入れずに第二撃が飛んできてイチが障害物に利用した大木に命中した!
ブオン!
ばき!
ばきばきばきばきばき!
バターン!
大木がウエハースみたいに砕け、倒れた!
「アンか⁈無事だったのか!なんて一撃だ!」
そう言いながらも素早く距離を取って、もう一度風切りのナイフを構えるイチ。
「(手応えはあった筈だが、外したのかもしれない。今度は良く見て……)」
大丈夫、敵も周りも見えている。冷静だ。
うかつに飛び込むな、砂煙が晴れた瞬間に、もう一度必殺の一撃を……
そう考えた瞬間に砂煙が晴れた。
「(今だ!)」
もう一度必殺の一撃を放とうとイチが素早く足を踏み込もうとした瞬間、
「(え……⁈誰だコイツ⁈)」
思わぬものを目にして、思わず息を飲むイチ。
そこには、機敏だが巨漢で、ぶよぶよした腹を持つビヤ樽みたいな体形のアンはどこにもいなかった。
アルマジロみたいに硬そうな表皮を持ち、指に羆のような大きなツメを持った竜人がそこにいた。
「(アンだよな⁈さっきと全然違う!まさか変身とかできるのか⁈いや、それより……)」
アンの身体には傷一つなかった!
身体のど真ん中を撃ち抜いたはずなのに!
いや、よく見ると腹に焦げ目のような跡が見える。
だがダメージが入ったような感じはない。
「ウソだろ!大宝イノスのどてっ腹に穴が開く一撃だぞ!」
思わずそう呻くイチ。それを聞いたアンが、
「中々良い一撃だったぜ⁈俺以外の竜人なら即死だったな。俺は魔道具持ちではないが、少し特殊な身体をしていてな、耐久力には自信があるんだ。それにしてもだ……」
不敵な笑みを浮かべながら、そう呟く。
だがアンはすぐに真顔になり、自分の爪と砕いた大木を軽く見比べた後、イチを静かに睨みつけた。
「今ので殺せないとは思わなかった。動きが変わって、もしやとは思ったが……やはりお前、考えながら戦い始めたな⁈……まあ良い。おい、チョビ、ちゃんと回収したか⁈」
「おう、抜かりなくな」
ハッとなって思わず自分の右斜め後方を見るイチ。するとチョビがいつの間にか移動して来ていた!
挟み撃ちか!と思わず後ずさるが、チョビはニヤニヤ笑ってその右手をイチに見せつける。
その手には……ギラードの右腕が握られていた!
血の気が引く!
ゲス郎は⁈と思って目をやると、はるか後方に脱兎の様に逃げていくゲス郎が見えた。
逃げ足速いな!と呆れつつも、生きていてくれて少しホッとする。
そのゲス郎のみっともない背中を見てチョビは、ケケケと笑った後にイチの方を向き、
「ま、俺様の攻撃を想定して退いたまでは良かったぜ、お陰で命拾いしたじゃねえか。だが、俺達の目的はあくまでコイツだ。そこまで考えないとな⁈」
そう言いながら小ばかにしたような笑みを浮かべるチョビ。
イチが呻いていると、あっという間に逃亡する猫の様な瞬発力でアンの後ろに回るチョビ。
そしてアンの方を向きながら、
「じゃあ退くぞ、アン。イチは殺しておきたいが、まずはギラード様の腕の回収が先だ」
そう言いながら去ろうとするチョビ。
してやられた!イチがそう思った瞬間、
ひゅひゅん
何かが風を切ってアンの股の間を抜いた。
「痛えーーーーー!」
悲鳴を上げて倒れこむチョビ、何事かと思って見るとチョビの太股に矢が刺さってる!
それを見て呆れたような声を出すアン。
「何やってるんだ、チョビ。お前の脚ならあのくらいの矢は躱せよ!」
それを聞いたチョビはアンに抗議する。
「違う!躱した!だが矢は2本飛んできていたんだ!姑息な真似をしやがって!」
「(矢が2本⁈フォレスタか⁈)」
そう思って振り返ると、フォレスタと……瀕死の重傷を負いながらもジーンさんも弓を構えていた!
見るとジーンさんの傍らにはリコがいて、首に手を触れて回復魔法をかけている。
「(ジーンさん無事だったか!リコ偉い!)」
チョビは回復魔法をかけているリコを見て
「こ の 女ァ!面倒な事しくさって!」
叫びながら小刀を振り上げてリコに向かって駆けようとした!
チョビの奴、頭に血が上っている!
「(隙ができた!)」
風切りのナイフを握り込み、必殺の一撃をチョビにぶち込もうとするイチ!
「……馬鹿!前に出るな!」
そう言いながらチョビを慌てて庇うアン。
ドガガガガガ
衝撃波が飛び出し、アンに命中した。
またも硬い岩盤をドリルで削るような音がしたが……アンの腹はぶち抜けなかった。
「ダメか!」
バックステップしながら舌打ちするイチ。それを聞きながら、
「油断も隙も無ェな、今のは痛かったぞ。変身前だったら腹に大穴が開いていた、チョビ、大丈夫か⁈」
腹をさすりながらイチを睨み、チョビを気遣うアン。その腹には先ほどよりも大きな焦げ目がついていたが、やはりダメージはなさそうだ。なんて硬さだ!
そう思いながらも、イチはアンの身体を見て既視感を感じていた。
「(どこかで見た気がしていたけど思い出した!このアンの身体、図鑑で見たアンキロサウルスの予想図に似ているんだ……って事はコイツ、カテゴリ的には鎧竜か⁈)」
子供の頃に何度も見た恐竜図鑑。その中に出てきたアンキロサウルスは頑丈な甲羅と骨格を持っていた。予想では自動車がぶつかっても大丈夫だったんじゃないかと言われている。変身するし、竜人と恐竜は同じルーツとはちょっと思えないけど、もし近縁種ならアンは本当は装甲全振りの能力持ちなんだろう。
「(巨体なのに素早いスピードフォルムと、壁役としての重装甲モードがあるのか!まさか他の竜人にもこんな奴がいたりするのか⁈冗談じゃないぞ⁈)」
青ざめるイチ、だが同時に疑問が湧く。
「(なんでこの能力を森の民の集落での戦いで見せなかったんだ⁈)」
そんな事を考えていたら、気付いた。アンの身体のあちこちから黒い煙が上がっている。
それを見て顔色が変わるチョビ。
「アン!大丈夫か!すまなかった!退くぞ!」
「いや……ダメだチョビ」
ばきばきばき
アンの焦げ目のついていた装甲が割れ、その下からぶよぶよの脂肪が露出した。
脂肪には僅かだが傷がついており、血が流れている。
いや、なにかがおかしい。
よく見ると脂肪はシワシワになっていた!いや、脂肪だけじゃない。アンの皮膚全体に少しずつ皺が刻み込まれていくのが見える!これは……⁈
そう思って、もっとよく見ようと目を凝らした瞬間に、
じゅわっ
熱線のような殺意が飛んできた!
見るとアンとチョビの眼球が紅がかった金色になっている!
竜『人』の目じゃない。獲物を狙う『爬虫類』の目だ!
その二匹の両目はイチを睨みつけて、
「チョビ、予定変更だ、これを見られたら全員消すしかない」
「ああ、そうだな、アン」
チョビはそう言った後イチを睨みつけて、
「化けやがったな……本当に人間は嫌になる。竜人より遥かに劣った生き物の筈なのに、稀に超進化する個体が出やがる。イチ、もうお前はトップクラスに危険な勇者だ。エリトなんかに渡せない。この場で潰す」
冷たい口調でそう言い放った。
そしてアンとチョビは前傾姿勢になり、ほぼ4足歩行、みたいな形になった。
シャアア……シャアア……
舌を出しながら低く唸る二匹。
そしてじわじわとにじり寄ってきたかと思うと、
シャギャアアアアアアア!
怪獣の様な咆哮をあげて突っ込んできた!




