71-みんなで
「じゃあ、行ってきます」
「お世話になりました。勤めを果たして参りますね」
「みんなー、行ってくるねー」
準備を終えて、集落の皆に挨拶する。
森の民の集落総出で見送ってくれた。
危険な旅になるけど、こうやって見送って貰えると少し勇気を貰える感じがする。
「(そうだ、ここからは俺がリーダーだ。リコやフォレスタを俺が守らないと!)」
イチがそう気負った瞬間、
「へっへっへ、アッシの活躍見逃さないでくださいでゲスよ、勇者様!」
自己アピールに余念がない何かが視界の隅に入った気がするけど気付かないフリをするイチ。
めげずにゲスい笑顔で視線の先に入ろうとするゲス郎。うう、鬱陶しい……。
そんな最中、どぶろくさんたちが前に出てきて声をかけてくれた。
「ちょっと待つさ~これを持って行くと良いさ~」
「え⁈これは⁈」
大きな水筒だった。見た感じは一升瓶に似てるけど、ペットボトル並みに軽い。
グミルの森のブラスの実から作られる、この世界の水筒だ。作り方は自分たちの世界の瓢箪の水筒みたいな感じで、水に漬けて腐らせて、溶けた中身を出してから、中身をよく洗い、一ヶ月ほど天日干しすると完成するらしい。瓢箪の水筒と違うのは、かなり頑丈な事と、中身が長持ちして魔法瓶なみの保温能力もある事だ。
水筒を受け取るとずっしり重い。中身入りか。何が入っているんだろう。
「おいちゃん特製の豆酒さ~。イチくんたちはまだ飲めないだろうけど、何かの場面で使えるかも知れないから持っておくと良いさ~」
どぶろくさんが答えてくれた。実にどぶろくさんらしい手土産だ。思わず笑みがこぼれる。
「ははは、何かの役には立ちそうですね!ありがとうございます!」
「あとこれも持って行くと良いさ~」
どぶろくさんがそう言いながら何かを手渡してきた、これは……。
植物の蔓のような装飾が刻まれている銀色の指輪……カセーツさんの魔道具だ!
「え!良いのですか⁈、カセーツさんの魔道具は出せる豆も豊富ですし、いざと言う時には武装としても使えますから集落で使った方が良いのでは?」
イチがそう言いながら指輪をどぶろくさんに返すと、
「大丈夫。必要な豆は大体出してもらったよ。あとはその豆を畑に撒いて私の『成長促進』で増やせば良いから、こちらの事は気にせず持って行きなさい。君たちの方にこそ必要だろう」
社長が前に出てきて言ってくれた。
「そう言う事でしたら……ありがたく使わせていただきます」
そう言いながらイチが改めてカセーツさんの指輪を受け取ろうと手を伸ばした瞬間に、
「ただ、気になる事があるさ~」
どぶろくさんが何かを言い出した。
なんだろう?と聞き返すイチ。
「気になる事?何がですか⁈」
「魔道具を装備してもカセーツが出てこないのさ~」
どぶろくさんが顎を押さえ不思議そうな顔をしている。
そしてそれを聞いたエルマさんも何かを思い出したらしく、
「そうそう!そうなのよ!カセーツの奴、このアタシが話しかけても出てこないのよ⁈このアタシの呼びかけに出てこないなんてどういうつもりかしら⁈」
怒りと呆れの混じった顔で言うエルマさん。え?カセーツさんが⁈
ふと気になって質問するイチ。
「すみません、いつからカセーツさんは返事をしなくなりましたか⁈」
どぶろくさんとエルマさんは顔を見合わせ、
「そうさな~、あれはたしか……」
「イチくんたちが地下の武器庫を見せてもらった後あたりじゃなかったっけ⁈」
そう言った。
心がザワついた。
「ちょっと貸していただけますか⁈」
慌ててどぶろくさんの掌からカセーツさんの魔道具を取り中指に嵌めた。そして両手をお椀の様な形にして魔力を込めてみる。
手で作ったお椀から豆がこんこんと湧き水の様に溢れた。問題なく使える。
けど、カセーツさんの声はしなかった。
いや「いない」気がする。
ハッとなって、シャーリーさんの魔道具を小指に嵌め魔力を込め始める。紫色の宝石のついた指輪が淡く輝き出す。
毒についての情報が雪崩のように脳内に流れてくる!
こちらも使えるようだが……。
軽快でいつもケタケタ笑ってる、あのクセ強なシャーリーさんの声がしない!
カセーツさんもシャーリーさんもおしゃべり好きで、呼ばれなくても出てくるタイプなのに!
全身が総毛だった!
脳内でジルコンさんの『大貨物船』の中で感じた恐ろしい気配の事を思い出した。
ジルコンさんが逃げるように去る羽目になったあの恐ろしい存在。
まさか……!
「イチ君どうしたの⁈顔色悪いわよ!」
エルマさんが心配して声をかけてくれた。
気が付いたら冷や汗がダラダラで呼吸も乱れてる。
嫌な予感がする!みんなに伝えなくては!
その瞬間、
また『大貨物船』でのジルコンさんの行動を思い出した。
あの時ジルコンさんはイチの口を塞ぎ、目で『何も喋るな』と言っていた。
「(そう言えば、あの後、ジルコンさんに出会った事やあった事は大体皆に共有したけど、あの恐ろしい気配については言わなかったっけ)」
何故言わなかったかはわからない。でも口にしてはならない気がする!
突然世界がグワンと音を立てて歪んだ気がした。
息が乱れる!
目がチカチカする!
不安が雪崩のように押し寄せてきて心臓が痛む!ヤバい!
底なし沼に引きずり込まれたような感覚。
そんな時だった。
気が付いたら社長がそっと隣に来てくれていて、優しく声をかけてくれていた。
「イチくん、息を大きく吸って……吐いて」
言われるがままに何度も深呼吸するイチ。
はあ……はあ……はあ……はあ……ふう……。
不安で溺れそうになっていたけど、やっと何かに掴まって水面に顔を出せたような感覚がある。
少しだけ呼吸が整ってきて周りが見え始めた。
そして皆が自分を心配そうに見つめながら囲んでいる事に気付く。
「す……すみません……大丈夫です……その……」
伝えたい事がある、でも声が出ないし出せない。
そんなイチを見て社長がそっと声をかける。
「言いたくないのなら、言わない方が良い。大丈夫、君みたいな子は何人も見てきた。今はやれる事だけをやりなさい」
そして社長は小さな声で耳打ちしてきた。
「なんとなく察した、こちらはこちらで動く。心配しなくて良いからね」
穏やかな、でも頼りになる大人の声だった。
それを聞いて心臓の鼓動も収まってきた。
そして周りをもう一度見る。さっきより視界が広がった気がする。
今度は皆の表情までしっかりと見える。そして考えた。
「(……俺がリーダーだからリコやフォレスタを俺が守らないと!と思っていたけど)」
社長やどぶろくさん、エルマさんや長、森の民の戦士たちの表情を見る。みんな『イチたちを守ってやるからな!』と言う優しくて頼もしい大人の顔をしていた。
「(思い上がりだったな。あまりにも強大で恐ろしい存在が相手なんだ。頼れるところはどんどん頼ろう。それがみんなの為でもあるんだ)」
頭が冷え始めた。もう皆の表情も、足元の草の揺れも、はっきり見える。もう大丈夫だ。
「ありがとうございます。もう大丈夫です。何かあったら遠慮なく頼らせていただきますね!」
そう大人たちに宣言して、今度はリコとフォレスタとゲス郎達の方を向いて言う。
「全力を尽くして皆を守るが、リコたちにもどんどん助けて貰うからな!頼むぞ!」
そんなイチを見て、嬉しそうに返事をする3人。
「はい!任せてください!」
「最初からボクが守ってあげるつもりだったけど⁈まあ、立ち直ったなら頼ろうかな!フフフ!」
「もちろんでゲス!ただ、その際には報酬も弾んでくれると嬉しいでゲス!」
ゲス郎のセリフに顔を赤らめ軽いチョップを入れるリコ。笑いが起こる。
でもなんか少しホッとした。
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「では改めて!行ってきます!」
そう言いながら集落を後にするイチたち4人。
そんな4人を少し離れた所から見ている人影があった、小雪だ。
「なんとか生き残れそうでありんすね、良かったでありんす」
優しい瞳で4人を見送る小雪。
そして4人の姿が見えなくなると今度は顔を上げて空を見つめて。
「信じてるでありんすよ……」
そうつぶやき、スッと人の姿から白蛇に変化して草むらに消えた。




