65-地下室の壁
「長、すみません。この地下室の壁に使われている石はなんですか⁈」
壁を撫でながら長に尋ねるイチ。
地下室の壁はピカピカに磨かれた頑丈な石で組まれている。
良く磨かれた良い石ではあるが迎え石ではない。
「(だが……何かが引っかかる。そもそもこの地下室が何か変だ)」
この地下室、ため池の側なのに多湿どころか、空気はむしろ乾燥しているしカビ臭くも無い(この世界にカビがあるかはわからないけど)どういう構造の地下室なんだろう。
すると、長が質問に答えてくれた。
「壁の石はトクラ石だ。表面はね」
「表面⁈」
思わず聞き返す。
「この地下室が何故こんなに乾燥していて、頑丈そうなのかが気になるんだな。その秘密はこれだ、見るかい⁈」
長は、壁の隅に幾つか転がっていたレンガみたいなトクラ石を掴む。そして刃物を立てた。
するとトクラ石はタイルのように剥がれ、その下から真っ黒な石が出てきた。
「触ってみたまえ」
そう言いながら長がトクラ石とその下に隠れていた真っ黒な石を渡してくれた。トクラ石はピカピカで本当にタイルみたいな見た目だったが、よく見ると表面は加工して伸ばしたような跡がある。もしかしたら元はセメントみたいに柔らかくて、加工後に固まるタイプかも。そして黒い石は見た目に反して軽い。空気清浄に使われる備長炭みたいだ。
長が黒い石を指さしながら解説してくれた。
「そちらはグミルの森原産の石化したナブの大樹だよ。こいつがこの地下室を除湿するだけじゃなく空気も清浄に保ってくれるんだ。これで囲えば中身はずっと品質が守られるという優れモノだ」
化石みたいな物かな?炭っぽいと思ったが、木と言うよりたしかに石ではある。
「(石化したナブの大樹は……化石とは少し違うな、軽い。水に浮きそうだ。超軽いセラミックみたいな感じがする。トクラ石の方は表面は磨いてあってピカピカしてるけど、磨いてない所はザラザラしてる。材質は建築現場で見た事のあるALC板にも少し似てるかな⁈)」
ALC板とは「軽量気泡コンクリート」の事で、内部に無数の気泡を含むため軽量かつ断熱性、遮音性、耐火性に優れていて建材として使い勝手が良いものだ。
「効能は全然違いますけど両方とも俺の世界の建材にも少し似ています。やはり建材に使われるものはどこか似るのかも知れませんね。でもなんでこの凄い力を持つ黒い石……石化したナブの大樹を……えーと、こっちのピカピカした……トクラ石でしたっけ⁈それでわざわざ包んでるんです⁈」
イチの疑問に長が答えてくれた。
「石化したナブの大樹は段々劣化するからね、トクラ石で包んでガードすると長持ちするんだよ。ちなみにトクラ石で包んでも石化したナブの大樹の効能は問題なく発揮できるんだ」
便利だな、トクラ石!
「(この世界の表面コーティングみたいなものかな?そっか、表面がピカピカしていて、少し迎え石に似ていると思ったからなんとなく聞いてみたんだけど関係なかったか。まあそう簡単には見つからないよね)」
少しがっかりしながら地下室の武器を収納して、階段を上がって地上に出た。暗い所から出たから地上の光が眩しい。思わず目をそらして山の方を見る。すると遠方の木々が倒れてるのが見えた。ギラードとの戦いの跡だ。
「(そうだった。シリウスさんの一撃であの辺りを吹き飛ばしたんだっけ……)」
待てよ⁈あの辺りって……。
何かが引っ掛かり、思わずフォレスタに聞く。
「フォレスタ!昨夜の戦いでシリウスさんが吹き飛ばした、木々がなぎ倒されてる辺りだけど、たしか祠があると言っていたよね⁈」
「うん、その方向には墓地と……側に小さな祠があったよ。あー……そうだ、あそこも修理しないといけないね。小雪ちゃん、さすがにあの辺りまでは修復してはくれないかなあ」
まだやるべき仕事があったとげんなりするフォレスタ。何もかも忘れて帰って寝たいと言わんばかりの顔だ。
しかし、確認したい事があるので容赦なく続ける。
「確認したいんだけど、その墓地にある墓石に迎え石が使われてたりしない⁈」
「墓石に迎え石を⁈さすがに使ってないよ」
違ったか、でも何かが引っ掛かる。
思い出せ、ライミさんは何と言っていた⁈
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「迎え石はあります!思い出して!それじゃ!」
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そうだ、ライミさんは「思い出して」と言っていた。
もしかして今までの自分たちの行程の中じゃなくて、ライミさんに見せられた映像の中にヒントがあるのか⁈
マムリさんの能力で見せられた映像を反芻してみる。
シリウスさんがギラードに一撃を見舞った。
吹っ飛ぶギラード。
吹っ飛ぶ墓石に祠。
そして倒れる石碑。
石碑⁈
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「その方向にはお墓と……この森を守るために戦った戦士たちを祀る石碑があったけど……祠……⁈いや!あったわ!側に小さな祠が!何で知ってるの⁈」
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言ってた!フォレスタが確かに言ってた!石碑があった!
思わずフォレスタに問いかける。
「フォレスタ!その墓地には石碑もあるよね!それは何でできてるの⁈」
フォレスタは「あ!」と何かに気付いた顔をした。
そして振り返りながら長に確認を取るフォレスタ。
「……随分前に作られた石碑だからボクには分からないな。父さん……いや、長、分かりますか⁈」
それを聞いた長は、
「薄汚れた石碑だったから考えた事もなかったな。だが言われてみれば……昔はもう少し綺麗だった気がする。だがあれは迎え石じゃないぞ。迎え石だったらあんな目立つ物、とっくに竜人たちに持ち去られている」
そりゃそうだ。でも……
「その石碑はいつ建てられたものなのですか⁈あとその石碑はこの森を守るために戦った戦士たちを祀るものだったと聞いてますが、もしかしてその戦士達って召喚された勇者だったりします⁈」
長に尋ねてみる。
「石碑が建てられたのは90年前くらいかな。その時期は勇者ドラフトは行われていない。戦士たちというのは森の民のご先祖様だ。100年前にある男に鍛えられた戦士たちで、それはもう強くて竜人たちを震え上がらせたもんだ。その戦士たちの活躍で森の民は独立を勝ち得たのだ」
誇らしげに語る長。勇者ではないのか……。
いやちょっと待て、
「長、100年前に森の民を鍛えた『ある男』とは誰ですか⁈」
長は口を噤み、周囲を念入りに見回した。
そして怪しい人間がいないのを確認した後、小声で囁いた。
「……勇者オリオン」
「フォレスタ!すぐに石碑を確認しよう!」
そう言いながら駆ける。
他に用事があるからと言って長たちは離れ、そのままイチとリコとフォレスタの三人で森に入り、3000ダールほど歩いた後に墓地に辿り着いた。
墓地はシリウスさんの最期の一撃で滅茶苦茶になっていた。酷いもんだ。木々も墓石もなぎ倒されている。ギラードを倒すためとは言え罰当たりな事をしてしまった。
そして爆心地の近くに残骸になった祠を見つけた。
「ごめんなさいご先祖様。後で直します」
壊れた祠に向かってフォレスタが跪き頭を下げて祈る。イチとリコも真似て祈った。
そしてそのまま散策する。
すると、草むらの中に少しごつごつしたサーフボードみたいな形と大きさの石が転がっているのを見つけた。
「これだよ!石碑!」
フォレスタが声を上げる。石碑は表面は薄汚れて朽ちていたが、少し磨くとピカピカし始めた。トクラ石だ!よく見ると何か文字が彫られている。
「戦士たちの名前が彫られてるね。一人、読めない名前があるけど……」
フォレスタがそう言うと、リコが文字を解読し始めた。
「昔の王家の隠し文字です。オリオンと書いてあります……いや、まだ続きがありました!『いざとなったら砕け』と小さく書いてあります!」
3人で顔を見合わせる。
「フォレスタ!」
「わかってる!やっちゃって良いよ!」
フォレスタと示し合わせたあとに翠亀剣を抜き、トクラ石に刃を立てる。
すると、刃の触れた地点から、加熱したビニールの様にトクラ石の表面が溶けていく!
そしてトクラ石が溶けた後に先ほどよりも一回り小さくなった岩が現れた!
フォレスタはその綺麗な元石碑の岩に触れると、破顔しながら言った。
「間違いない!迎え石だよ!こんなに大きなの見たことない!」
よし!ついに見つけたぞ!