54-白蛇
「え?何⁈何⁈この娘⁈かわいい!」
フォレスタが白蛇童女を見てはしゃぐ。目が完全に『可愛い女の子好き』の時の目になってる。久しぶりに見たなフォレスタのこの目!
いや、そうじゃなくて
「え⁈ちょっと待って!フォレスタ、この女の子を俺に見せたかったわけじゃないの⁈」
「ううん⁈違う違う!見せたかったのはさっきの白い蛇!さっきエリトたちと戦った場所を見てきたら、地面にキラキラしてきれいな金属が落ちてる事に気付いたんだ。最初は気付かなかったけど、それがイチが切り落とした呪いの小刀の切っ先だったと分かって警戒しながら見ていたら、その切っ先はボクの目の前で小さな白い蛇に変身したんだよ!」
フォレスタはさらに続けた。
「その白い蛇は見た感じ瘴気は発していなかったし、それどころか神秘的な感じすら漂わせていてびっくりしたよ。そのままジッと見ていたら白い蛇は剣の切っ先に戻ったんだけどね。いや、もちろん念のためキラキラした切っ先はエルマさんに確認してもらったよ⁈エルマさんは呪いは解けてるから大丈夫って言っていたから……えへへ、持ってきちゃったわけ!でも蛇はともかく人の姿になるとは思わなかったなあ」
そんな話をしていたら、白蛇童女はもう一度剣先の姿に戻った。
しかし……エルマさんが大丈夫と言うならまあ良いけど、フォレスタも無茶をするなあ。そう思いながら元呪いの小刀の切っ先を眺めてみた。カットされたダイヤモンドみたいにキラキラ光っている。かつては、ブラックオパールみたいで、真っ黒な中に虹のような輝きが見えていた黒虹彩剣だけど、もう別物になったかのようだ。
大丈夫みたいだけど一応そっと触れてみてから手に取ってみた。あの全身が総毛立つようなヤバい感じは受けない。もう一度地面に置いたら、また小さな白蛇に戻った。かわいい。
今度は白蛇を観察してみた。
フォレスタの言ってた通り、神秘的な感じがする。全身真っ白で瞳だけが赤い。
「なんというか……ウサギさんみたいな蛇だなあ。いや、俺達の世界ならアルビノと呼ばれるものかな⁈それにしてもエリトの連れていた蛇とはえらい違いだ」
「そうですね、なんか凄く神聖な魔力を感じます」
リコとそんな話をしていたら……またさっきの白蛇童女に変化した。
髪形はボブカットで透き通るような銀髪、肌も装束も白く、瞳は柘榴石のようで吸い込まれそうな深さを持った美しい紅色。少し線は細いけど子供らしくて可愛いと思う。
何度も変化しているのを興味深く観察していたら白蛇童女は頬をぷーと膨らませて言った。
「名前を付けて欲しいでありんすよー。はやくーはやくー」
そう言いながら両手をバタバタさせ始めた白蛇童女。かわいいな。
それを見てすっかりメロメロになったフォレスタが、
「任せたまえ!ボクが素敵な名前をつけてあげよう!ははは!ボクは可愛い娘さんのためなら何でもするよ!」
そう嬉しそうに言いながら、白蛇童女のおねだりに応えようとしたが……白蛇童女はフォレスタに構わずイチから視線を外そうとしない。
それを見てイチは自分の方を指さしながら思わずこう言った。
「もしかして……オレに名前をつけて欲しいの⁈」
白蛇童女は、はにかみながらこくこくと頷いた。
「名前はあちしを小刀から切り分けてくれた勇者様につけてほしいでありんすー。黒虹彩剣を斬るような勇者様ならその資格はあるでありんすー」
資格⁈あ、そういうことか。
この童女は、呪いの小刀の破片から生まれた。そしてそのきっかけを作ったのは俺だ。エリトが呪いの小刀に何らかの力を認められて主人になったように、もしかしたらこの童女は自身をその小刀から切り分けた人間を主人と認定したのかもしれない。
「名前をつける事が何か大事な儀式になるのかもしれませんね。イチ様、せっかくだから名前をつけてあげませんか?」
リコがこちらを見ながら言った。
「リコがそう言うならオレは良いよ。でも儀式か……言われて見ればエリトもあの呪いの小刀に何か名前をつけていたよな。たしか『黒百合』……だっけ⁈ならばこちらは……」
白百合にでもするか⁈と思ったけどなんかしっくりこなかったので少し考える。そう言えば最初にこの娘さんを見た時にウサギさんみたいだなと思ったっけ。なら白兎か⁈
なんかこれもしっくりこないなあ……。
いや待てウサギと言えば……。
脳裏に、元いた世界で雪の降った日に作った、南天の実と葉っぱを使って作った雪うさぎの映像が頭に浮かんだ。あの雪うさぎ、小さくて可愛かったなあ。
『小』さくて可愛い『雪』うさぎ。うん、イメージが湧いた!
カチッ。
その瞬間、脳内で何かの歯車がハマった音がした。
「そうだな……キミの名前は『小雪』にするよ。俺の元いた世界で作られるものから取ったんだ。よろしくね、小雪」
そう、白蛇童女こと小雪に言うと、彼女の瞳に光が入った感じがした。
「小雪でありんすかー。良い名前をありがとうでありんすー。」
小雪の目が大きく見開き、心底嬉しそうに、にぱにぱと笑う。
手を後ろで結んで、お尻をヒヨコみたいに左右にふりながら歩きだした。
良かった!気に言ってもらえたみたいだ!
「あら、良い名前じゃない」
「小雪ちゃんよろしくお願いしますね、えへへ」
フォレスタとリコも気に入ってくれたようだ。意外にも、可愛い女の子好きのフォレスタ以上にリコの方が嬉しそうな顔をしている。妹ができたみたいで嬉しいのかもしれない。
そんなやりとりをしていたら、長が集落の皆に対して話をしだした。
「皆、すまない。食事をとって、少し休んだら、手の空いたものは集落の片付けを手伝ってくれ。集落を直すにしてもまず片付けないとならん」
皆で顔を見合わせる。そうだよな、戦闘員は休んで良いと言われても限度がある。すぐに集落の皆が生活を送れるようにするために建物を直さなければならないのは勿論、次の竜人の襲撃に備えて守りも固めなければいけない。すぐに動かなきゃ。
「長、やはり俺も手伝います。集落を早く復活させなきゃ」
そう言いながら立ち上がった瞬間に、
「それがそなたの望みでありんすねー承るでありんすー」
小雪が微笑みながらそう答えた。
え⁈と思いながら小雪の方を振り返ったら、小雪の身体が細かい紙吹雪のようにパッと散って、風に乗り上昇気流に乗って空に舞うのが見えた。そして数秒後に小さな粒がふわふわと集落に舞ってくる。
「(これは……雪⁈小雪が……ちらついてきた⁈)」
ちらちらと降って来た雪はあっという間に降る範囲を広げ、集落全体に降り注ぐ。そしてその雪は、地面に着いたら溶けるかと思いきや、波紋のようにスッと広がるエフェクトが見えたかと思うと、瓦礫に触れた。そして波紋に触れた瓦礫は白く光りだし、まるで録画の巻き戻しのように元の家の形に戻りだした!他にも、半焼全焼の家々は、焦げた場所がゆっくりと傷口が治るかのように燃える前の姿に戻っていく!
……瓦礫の山だった集落が、あっという間に夜襲を受ける前の綺麗な状態に戻った!
「え……えええええ⁈」
思わず声が出てしまう。驚きのあまり口を開けて呆然としていたら、今度はイチの目の前に細かい紙吹雪が集まりだした。そして紙吹雪はそのまま人の形を成し……白蛇童女の姿となった!
「望みは叶えたでありんすー」
そう言いながらにぱにぱと笑う小雪。一連の流れを見ていた集落の皆から大歓声が上がる。
「待って待って!これ!」
雪に触れたエルマさんが何かを感じたらしく興奮気味に話し始めた。
「この雪……建物を直すだけじゃないよ、何か付与されてる!聖なる力じゃなくて……どちらかと言うと呪い寄り……だけど⁈これってもしかして⁈」
それを聞いた小雪がエルマさんに向かってにぱにぱと笑いながら返す。
「気付いたでありんすかー。浄化されたとは言え、あちしは黒虹彩剣でありんすー。ちゃんと竜人を溶かす能力も持っているでありんすよー⁈」
竜人を溶かす能力!
うおおお⁈マジか!
そう思いながらも同時に合点がいった。
「そうか、大勇者オリオンが守りの剣の翠亀剣ライタートルはともかく、自分の身を危うくしそうな毒性のある呪いの剣である黒虹彩剣オブアイリスを使っていたのは何故だろう⁈とずっと不思議に思っていたけど……理由が分かった!対竜人に特効があったのか!」
昨夜の戦いを思い出す。人間にも危険な剣ではあったけど、竜人たちはバターみたいに溶かされていた!あれは竜人たちには恐怖だろう。
あれ⁈でもギラードは⁈
疑問が顔に出ていたのだろう。小雪がにぱにぱと笑いながら説明してくれた。
「この雪は強すぎる竜人には威力が減衰するでありんすー。でも並以下の竜人なら余裕で溶かすでありんすよー。集落の周辺にも降らせておくでありんすから、皆さん安心して休んでくださいでありんすー」
凄い!殆ど対竜人のバリヤーみたいなものだ!
そして今の説明を聞いた長が唸る。
「なるほど、呪いが集落を覆った時に大慌てで竜人が逃げた訳だ。呪いが見えなくなってもしばらくは警戒して近寄ってはこない展開を期待してはいたが、呪いが消えたのを確認出来たら絶対に再軍備して攻め込まれると思っていた。うむ!これなら竜人たちの襲撃に対抗できるぞ!ありがとう、小雪殿!」
そう言って小雪を称賛した。イチも思わず声が出る。
「俺のいた世界では白い蛇は「弁財天の化身」とか言われて、金運向上や家運繁栄などのご利益があるって聞いた気がするけど、小雪も……女神様みたいだ!」
それを聞いたリコはうんうん!と頷き、
「ありがとうございます!小雪様!」
と小雪に抱き着いた後、無礼だったかも!と思い直したのか慌てて膝をつき、小雪にうやうやしくかしずいた。すると小雪はてくてく歩いてリコとイチの間に入って、二人の顔を交互に見てからにぱにぱと笑った。
「あちしがそなたたちの望みを叶えたのは、あちしを斬り産み落とした力を見せた事でありんすが、それ以外にお二方が昨夜の戦いの中でお互いを命懸けで助け合った尊さを見た事と、この集落の皆の一生懸命な献身の姿があちしに力を与えたからでありんすよー。気にするでないでありんすー」
そう言いながらリコの胸に飛び込んで甘える小雪。かわいい。
それを見てイチが問う。
「小雪、ありがとう。でも一つ教えて⁈尊さとか献身とか言うけど、もしかして小雪の力の源は、俺の元いた世界における……この世界にもあるのかどうかわからないけど『徳』みたいなものなのかな⁈俺の世界では『徳』を積んだ者はご加護があるって考え方があるんだけど。小雪がもし神聖な存在なら、俺達が『徳』を積むほど小雪は力を発揮できるって事だったりする⁈」
その言葉を聞いた小雪は、顎に指をあて、少し考えるそぶりを見せた後に、
「ちょっと違うような……まあ、でも間違ってはいないでありんすねー」
そう言った。そして何かを思い出したらしく続ける。
「一つ言っておかなきゃいけないのは、浄化されたあちしと違って、黒百合姉様方は力の源が違うでありんすよー。でもその『徳』みたいなものを積んでくれる限りは、あちしはこの集落を守るでありんすー」
そうなんだ。黒百合は違うのか。
いやでもありがたい、こちら側にも強力な守護者が生まれたぞ!集落の皆が思わず湧く。
そしてそれを見た長が皆に言った。
「皆、聞いてくれ!小雪様のお陰で、集落は復活した!しかも竜人の襲撃に対してはかなり安全になったと思う。だが油断はできない。申し訳ないがすぐに必要なものを集めて守りの準備に入ってくれ。それと分かっていると思うが、皆、徳を積む……⁈まあ、善行を行うって事で良いのだな⁈それを行うように!」
周りから『任せろ!』と言わんばかりの明るい返事が聞こえる。
その明るい返事と雰囲気に触れた小雪がにぱにぱと笑いながら嬉しそうな声を上げる。
「あー、それですー。それが良いでありんすー。力が湧いてくるでありんすー。もっともっと下さいでありんすよー」
それを聞いたどぶろくさんが便乗する。
「善行するなら任せるさー。おいちゃんが皆にどんどん豆で美味しい酒の肴を作って皆を幸せにするさー!」
「アンタは飲みたいだけでしょ⁈調子に乗るな!どぶろく!でもそれはそれとしてアタシの為には酒は造って」
エルマさんが容赦なくツッコみながらナチュラルに酒クズの本懐を見せる。
いつものやり取りにドッと笑いが起きる。
皆が笑いながら食事と仕事に戻る。集落にようやく明るさが戻ってきた!
その光景を見ていた小雪は、皆から少し離れた場所に腰掛けて、誰にも聞こえない小さな声で
「優しい皆でいてくださいでありんすねー。決して期待を裏切らないで欲しいでありんすー」
そう呟いた。
そして一瞬だけ、銀髪の先が黒ずむ。柘榴石のような瞳は濁りはじめ、捕食者のような瞳になった。
「もし裏切ったら……ツケを払ってもらうでありんすからね」
嬉しさと寂しさの入り混じった目をしながら……小雪はイチを見つめていた。