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53-戦いの後の集落にて

昼時になった。


集落が浄化されて数時間は経ち、薬の副作用の集団ダンスも終わり、竜人と毒の脅威は去って、森の民の集落を守る戦いは一時的かもしれないがとりあえず終わった。

が……皆ぐったりしていた。



危機は去ったとはいえ、やらなければならない事は山積みだった。人に建物、沢山の被害も出た。

正直何処から手を付ければ良いのか分からない。


「ぐー……」


そんな時にイチの腹の虫が鳴いた。思い返せば昨夜の宴会の後からは何も食べていない。

周りを見てみると皆同じようで、あちこちから腹の虫の音が聞こえる。


「まず食べようか」


森の民の長がそう言ってくれて炊き出しが始まった。集落がボロボロなので、広場でありあわせの品での調理と言う野戦食状態だが、すぐに辺りに料理の匂いが立ち込め始める。良い匂いだ。


その匂いを嗅いだ瞬間に……イチの緊張の糸が切れた。膝がカクンと曲がったかと思うとそのまま地面に尻もちをついてしまった。同時に凄い空腹が襲ってくる。


「(人生で一番お腹が空いている気がするな……)」


座り込んだ瞬間に血が下半身に集まるのがわかる。そして血流を感じたと同時に体中の筋肉が悲鳴を上げ始め……立ち上がれなくなってしまった。


「(リコに回復魔法をかけてもらっていたのに……いや、無理もないか、死闘だったからなあ)」


集落中央の広場の真ん中で周りを見回しながら、イチは心の中で呟く。周囲は動けなくなっている森の民の戦士たちで一杯だった。大半が仰向けで寝転がっていて、中には鼾をかいて寝ている者もいる。そして比較的元気な森の民の非戦闘員が、鍋や釜を持ち寄って調理をしていた。


非戦闘員も大変だったのだから、イチも当然料理を手伝うつもりだったのだが……


「戦闘員は休むのも仕事!」


と長や調理員たちに怒鳴られてしまい、それならばとお言葉に甘えさせていただくことにした。(まあ手伝おうにも、立ち上がれなくなってしまったので戦力にならないのだけど)そしてイチの両隣ではリコとフォレスタも座り込んでいる。


「私まで休んで良いのでしょうか……」


「リコは誰よりも勇気を出して戦ってくれたよ。本来は俺が飯を振舞いたいくらいだ」


「そうそう!ボク的にはリコが今回の一等賞だよ!休んで休んで!」


リコとフォレスタと三人で座りながらそんな話をする。

そして3人で改めてこれからの事を話し合った。


「集落の非戦闘員に幸いにも死者はいなかったみたいです。でも皆ボロボロになってしまいました……」


「それは戦いを終えた後の、薬の副作用のダンスで消耗したせいもあると思う……あの時、毒を受けなかった人たちは、皆が踊っている間に敵の残党の再襲撃が無いかずっと緊張していたし……正直すまなかった」


「まあそれは仕方ない一面もあったけど、ボクはギラードの隕石やアンの火球の方が痛かったな。建物がかなり壊れちゃったし」


はー……。


3人のため息がかぶる。そして、


「建物か……マムリ姐さんが消火してくれたみたいだけど、森の民の家は木が多いからだいぶ被害を受けたよね……これは……」


イチが呟く。すると後ろから声がした。


「心配無用だ、森の民は強い」


いつの間にか近くに来ていた長がイチの呟きに対してかぶせて来た。


「生きてさえいれば、グミルの森が我々を支えてくれる。イチくん、フォレスタたちも、さあ食べなさい。」


長は、保存食用に塩漬けにしていた宝イノスの肉を使ったパンシャリカンを両手に持ってきてくれていた。戦闘員は休めと言っていたのに誰よりも動いている。体力お化けだ。でもだからこその長なんだろうなあ。


「食糧庫が無事だったのは幸いだった。肉もある。ちょうど宝イノス狩りをやっていてくれて良かったよ」


そう冗談めかして笑う長。正直「(運が良いと言って良いのかな)」と言う考えもイチの脳内をよぎったが、パンシャリカンを一口食べたらそんな事も忘れるくらいには力が湧いてきた。


だが、集落全体に配るには食べ物の量が心もとない。しかも復興までしばらくはかかりそうだから食糧庫の非常食だけじゃとても足りそうもないのは明白だった。


「鍋とかは無事だったみたいだけど、燃料が足りない。少し回復したら集落の片づけを手伝って廃材でも拾ってくるか……」


「そこはボクがやるよ。森の民の家は比較的燃えにくいローグ樹を使っているから、思ったよりも集落の被害は抑えられてるけど、その分燃料には不向きなんだ。薪に向いた木が採れる場所があるから後でそこへ行ってくるね。もしかしたら食べられる木の実も落ちてるかもしれない」


そんな事を話していたら、どぶろくさんが3人に近づいてきて声をかけてきた。


「イチくん。貸して欲しいものがあるさー」





数十分後





「はい、できたさー」


どぶろくさんが豆のスープを作ってくれた。とても良い香りだ。疲れた身体に温かい食べ物が沁みる。

豆は、どぶろくさんがカセーツさんの能力の魔道具の指輪を着用して出してくれた。どぶろくさんが言うには、以前に社長やエルマさんと行動していた時にはカセーツさんが使える豆を沢山出してくれていて、その豆でどぶろくさんが料理を作っていたそうだ。


そしてスープを飲んで驚いた。前にカセーツさんが教えてくれた旨味たっぷりの鹿豆や大豆やひよこ豆、枝豆にレンズ豆の他にも、驚いた事に僕らの元いた世界の豆が他にも……エンドウ豆や落花生まで入っていた。カセーツさんはありとあらゆる豆を出せると言っていたけど本当に凄い。


そして本当に凄いのは他の豆だった。


『火豆』は一つ一つがビー玉くらいの大きさだけど、強く叩くと熱を持ち、炭のように長時間使える燃料になる。『清め豆』は生水を浄化してくれる豆で、清め豆を一粒水筒の中に入れておけば3分で飲み水になるのだ。


「カセーツさんが何故早くに始末されたか分かった気がする。こんなのが無制限に出せるんなら竜人たちには脅威だったろうなあ……」


カセーツさんを偲びながらスープをすする。そんな時にフォレスタがジッとこちらを見ていた事に気付いた。どうしたんだろうと思っていたら、先ほどのダンスの時にジト目で話しかけて来たフォレスタの顔が脳内に浮かび、慌てて尋ねる。


「そう言えば……あとで大事な話があるって言ってましたっけ……な……なんでしょうか⁈」


おそるおそる丁寧語で尋ねてしまう。すると、フォレスタはニッコリ笑って、


「よしよし覚えていたね♪さっきのダンスの件はこれで本当に許してあげる!大事な話は二つあるんだ。一つは……」


そう言いながら、フォレスタは水晶の様に透き通った水色のブレスレットと、やんちゃなお兄さんとかが着けていそうな、金色がかった茶色のチェーンネックレスを出した。二つとも強い魔力を帯びているが、どこか懐かしい感じもしている。


少し考えてハッとなる。


「これってもしかして!マムリ姐さんとジルコンさんの祝福を宿した魔道具じゃないの⁈」


「そうなんだ!竜人たちに持って行かれなかったみたい!」


「ありがたい!あの二人の祝福があればまだ戦え……」


フォレスタと大喜びした瞬間に冷静になった。分かってはいたけどマムリ姐さんとジルコンさんは亡くなってしまったのだ。しかもシリウスさんの祝福を宿した魔道具はエリトが持って行ってしまった。


そしてどぶろくさんが着けているカセーツさんの指輪を見てまた沈んだ。亡くなったカセーツさんと話せて嬉しかったから忘れかけていたけど、指輪を使うと言う事はカセーツさんを死後も働かせている訳で……死者の尊厳とか考えてなかった。


どぶろくさんの着けている指輪を見ながら沈んでいたら、その視線に気づいたらしく、どぶろくさんはカセーツさんの指輪に何か話しかけるような仕草をした後、優しくこう言ってくれた。


「カセーツさんから伝言さー。『ミーの事は気にせずどんどんこき使ってくれ!残されたイチくんたちが心配で死にきれないと思っていたから、また役に立てるならこんな嬉しい事はないさ!』だそうさー」


「カセーツさん!」


優しい言葉に思わず声が出た。涙が出そうになる。

するとどぶろくさんはまた指輪と何か話す仕草をした。


「あ、追加⁈『でもできれば女の人にこの指輪はつけて欲しい!だって⁈そしてどぶろく、お前にエルマさんは渡さない』……だって⁈こ……この!なんてスケベ指輪さー!」


指輪と喧嘩を始めたどぶろくさん。すると今の会話が聞こえていたらしいエルマさんが飛んできてすぐに口を挟んだ。


「カセーツに伝えな!『どぶろくの薬指に着けてもらって、ケンカ仲良し同士結婚しちまいな!そうしたらエルマ様を讃える青年隊に序列11~12番目で入れてあげるわ』って」


「(グワーッ!)」


「一桁番号にすら入れてもらえないのはあんまりさー!」


そう言いながら倒れこむどぶろくさん。不思議な事に指輪をつけていないのにカセーツさんの声も聞こえた気がする。なんか久しぶりにこのやりとりを見たな!それにしてもエルマさん。さすが、ダメ人間のヒモを飼っていたお姉さんだ、魔道具になった男にも容赦がない。


大笑いした。そして、同時に心が軽くなった。


今のやり取りにカセーツさんはじめ、大人たちの優しさを感じた。さっき指輪を着けた時、カセーツさんの知識に触れた気がしたけど、今度は真心に触れた気がする。


「(カセーツさんはああ言ったが、魔道具になって使われた人間にどんな負担があるか、魔道具になっていない自分にはわからない。自分が沢山の人達に支えられている事の感謝は忘れてはいけないんだ)」


フォレスタの方を見る。フォレスタはイチの顔を見て何かを察したみたいで、無言でマムリ姐さんとジルコンさんの魔道具をイチに渡した。


水晶の様に透き通った水色のブレスレットを左手首に、金茶色のチェーンネックレスを首に着用した。


「すみません、使わせていただきます。決して無駄には使いません」


そう言いながら首と左手首に魔力を込める。淡く発光する両魔道具。すると胃袋の奥に何か大きな空間ができた気がして、ここになら無限に何かを収納できそうなイメージが湧いた。


「(なんだろう、大きな倉庫ができたと言うより『別腹って本当にあったんだ』って冗談めいた感想が浮かぶ)」


そんな事を考えていたら、今度は背中から透明な管が生えてきたイメージが湧き、同時に、頭上の辺りに別腹倉庫の中身を出すための扉が設置されたような感じがした。


「開け『大貨物船』」


無意識にそう口にすると……頭上から水道の蛇口を捻ったみたいにチョロチョロと水が流れ出てきた!


「(ジルコンさんが補充していた、昨夜の戦いで使った水の残りか!それならこの水を……)」


今度は左手首のブレスレットに魔力をもう少し強めに込める。するとゼリーみたいな液体が体内に流れるイメージが浮かんだ。そしてそのゼリーは両手両足の爪に集まり……水を操るための『何か』が生まれた気がした。


「(これを……さっき出した水に漬けると……⁈)」


先ほどの水に爪先を漬ける、すると水の中でアメーバみたいな生き物が生まれ、爆発的に拡散するイメージが湧いた。そして、そのアメーバの入った水に脳内で命令するとまるで手足のように自由自在に動かせる事がわかった。試しに指先をくるりと回すと、水が新体操選手のリボンのようにくるくると空中で回転する!使えた!


「よし!両方使えるぞ!」


「おめでとう!イチ!」


「イチ様!おめでとうございます!」


リコとフォレスタが祝ってくれた。が……違和感があった。

最初だから上手く能力を使いこなせないのは当然だけど、明らかにカセーツさんたちのより魔道具としての使用難易度が高い。使いこなすのには苦労しそうだ。


それともう一つ。


カセーツさんやシャーリーさんの時みたいに脳内でマムリ姐さんとジルコンさんが話しかけてこないのだ。


「(なんだろう……亡くなった直後だから話せないのかな⁈それとも何か他の事情があるのだろうか⁈)」


そんな事を考えていたら表情に出ていたのだろうか、リコが心配して話しかけてきた。


「イチ様……どうかされましたか⁈」


「いや……なんでもない。それよりもフォレスタ、『大事な話』のもう一つは何⁈」


「あ、そうそう。これを見て」


フォレスタはそう言うと、キラキラ光る尖った金属を見せてきた。どこかで見たような……あ!


「これ!エリトが持って行った、シリウスさんの呪いの小刀の剣先じゃない⁈触って大丈夫なの⁈」


「エルマさんが言うには呪いは解けてるみたい。そしてこれを見て!」


フォレスタは呪いの小刀の剣先を地面に置くと、その剣先は発光して……小さな白蛇になった!


目を白黒させていると、今度は液化して甘酒のような匂いをさせたかと思うと、丸餅のような形になり、ぷくーっと焼いたお餅のようにどんどん膨らみ人の形になった。そして、うっすらと色が付いたかと思うと最後には8歳くらいの、全身真っ白で絹のように光沢のある着物に似た衣服を纏った可愛い童女に変化した!その童女はイチに向かって言葉を紡いだ。


「望みはなんでありんすか⁈」


「え⁈望み⁈」


皆で顔を見合わせると、童女は続けて言葉を紡ぐ。


「まずはあちしに名前をつけて欲しいでありんすよ、その後に話を聞くでありんす」


聖女のような清らかさで白童女はニッコリ微笑んだ。



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