51-復活の日はダンスを
「(カセーツさん!良かった!無事で……)」
と思って、しまった!と思った。
いや、無事じゃないよな、死んでるんだし。
この場合なんて声をかければ良いのだろうか。そんな事を考えていたら……
「(はっはっは!ミーなら心配ご無用!ヒーローはこの位じゃへこたれないのさ!ハッ!)」
そう言いながらキレキレのヒーローポーズを脳内で取るカセーツさん。うん、相変わらずだ。
いつまでも話をしていたいけど、とりあえず……
「(カセーツさん、血清代わりの薬を作りたいんです。身体に良い豆を知りませんか⁈)」
そう訴える。
すると、カセーツさんはニヤリと笑っておススメを出してくれた。
「(ふむ…これなんてどうかな⁈身体に良い成分がたっぷり入った『薬豆』!別名『医者いらず豆』と言われてる凄い豆さ!栄養がたっぷりで、おススメだぞ~!)」
これだ!まさに求めていたものだ!ありがとう、カセーツさん!
すぐに薬豆を生成する事にする。あれ?でも、豆の出し方はどうやるんだろう。
そう考えた瞬間に声が響く。
「(カセーツさんの豆作り講座ー!)」
カセーツさんが極楽鳥勇者スタイルから、真っ白なローブを羽織った賢者スタイルに変わる。だが袖から見えたローブの裏地は相変わらず極楽鳥みたいにド派手だった。どうもそこは譲れないらしい。
ツッコみたいけどリコが危ないので流す。
カセーツさんは続けて話してくる。
「(大丈夫、安心したまえ!豆作りはとっても簡単だからね!まず脳内に豆の情報を浮かべて…この場合は『薬豆』の情報を浮かべて確認するんだ)」
脳内に『薬豆』の情報が浮かぶ。バイト先で見た農業系の情報誌みたいな写真付きの詳細な情報が脳内に広がる。これは便利だなあ。
「(へえ、瘦せた土地でも栽培出来て、栄養満点。高く売れるから栽培できる地域を豊かにする優等生みたいな豆なんだ。大きさは大豆くらいで色は桜色、噛んだ感覚はグニグ二していてグミみたいな感じなのね。連作はできないのか……って、いかんいかん、読み込んでる場合じゃない)」
慌ててカセーツさんの『豆使い』能力指南に戻る。今、ちょっと意識が持って行かれてる間にカセーツさんのローブにゲーミングPCみたいにキラキラ光る装飾品が増えていた。脱線しかけてる、真面目に聞こう。
「(さて?薬豆をイメージしたかな⁈ならその豆をイメージしながら指輪に魔力を込めるんだ。体内に何か生まれた感じがあるだろう⁈それを掌の中央に浮かび上がらせるイメージを持つんだ!)」
言われたとおりにやってみる。すると……体内に何か泡のようなものが生まれ、それが浮力で掌の真ん中に浮かんでくる感じがして……実体化して出て来た。桜色の大豆みたいな豆……薬豆だ!
その薬豆を握りしめて、すぐさま今度はシャーリーさんに問いかける。
「(シャーリーさん!これに術式をかければ良いのですね!)」
「(そうっス!)」
掌に薬豆を持ちながら、頭の中で先ほど生まれた『ラーマ』の毒に対する術式を思い浮かべる。そうすると『ラーマ』の抗体が清水のように……肝臓の辺りからだろうか、体内にじわじわと滲みだしてきた気がする。よし、この液体を指先まで流して、さっきの薬豆にたっぷりと垂らすイメージで……
その瞬間、薬豆が一瞬だけ淡く藤色に輝いた!
「出来た!『ラーマ』の特効薬だ!」
思わず大声が出る。フォレスタや森の民たちなど、周りがビックリしてこちらを振り返るのが見えた。なんだなんだと言う声が聞こえる。
そしてケタケタ笑う声が脳内に響いた。特効薬作成の一連の流れを見ていたシャーリーさんが嬉しそうに笑っている。
「(おー!初めてでうまくいったっスか!才能あるっスね~!失敗して事故が起こる可能性もあったのに!)」
え、なにそれ、聞いてない。
ま……まあ、そんなことより、リコにこの薬を!
リコの顔を見る、顔色は真っ青でチアノーゼ状態だ。寒いのだろうか、ガタガタ震えている。
すぐに先ほどの薬豆をリコの小さな口に入れる。
「リコ、頑張って食べるんだ。必ず良くなるからな!」
「は……はい」
苦しそうな顔をしながら薬豆を少し咀嚼して飲み込むリコ。そしてそのまま気を失ってしまった。
よく見ると呼吸をしていない!うわあ!間に合わなかったのか⁈
泣きそうになっていると、脳内のカセーツさんが優しく声をかけてくれた。
「(大丈夫さ、ヒーロー。見てごらん)」
涙目になりながらリコの顔を覗き込む。
すると……リコの顔色が少しずつ明るくなってきて、静かに呼吸を始めていて、頬に赤みが差してきた!
少しして、リコはうっすらと目を開け小さな声で呟いた。
「イチ……さま⁈」
「気が付いたか、やったー!リコ、もう大丈夫だからな!」
嬉し泣きして思わずリコを抱きしめる。するとリコも優しく抱きしめ返してきた。
そしてそのまま、白魚の様に細く小さな指で俺の背中をまさぐり、愛撫してきた。
あれ、なんか変だ。
見るとリコの頬は赤みを帯びているけど、よくよく見ると肌全体がピンク色に紅潮していて、目はトロンとしてどこか色っぽく、瞳は潤んでいた。
「イチ様……暑いです……服を脱がしてください……」
そう言いながらリコの指が自分の顔と首筋を柔らかく愛撫する。いや!どうした!リコ⁈
もしかして薬は効いてないのか⁈
焦っていると脳内にシャーリーさんの声が響く。
「(大丈夫っスよ。毒は完璧に消えてるっス。それにしても……ゲッゲッゲ、面白い副作用っすねえ!)」
「副作用⁈なんだこれ⁈」
思わず声が出る、また周りがこちらに注目する。
慌てて口をつぐむと、また脳内にシャーリーさんの嬉しそうな声が響く。
「(いや~魔力の込め方をミスると、たまにおかしな薬が生まれる事があるんスよ!調合事故って呼んでるんスけどね。その結果スゲエ強力な薬が生まれる事もあるんスけど、副作用マシマシな薬が生まれる事も多々あるんス。イチくんは初めてこの能力を使ったんっスから、この位の事は起こってもおかしくないっスよ!うひひひひひ)」
グワーッ!そう言えばさっき失敗して事故が起こる可能性って言ってたっけ!って困るよ!
「(副作用なしの薬って作れないの⁈)」
「(魔力の込め方をうまくやれば、副作用薄めの薬はつくれるっス。ただ基本的に強い薬は強い副作用が出やすいんスよ。)」
そしてシャーリーさんは続ける。
「(薬屋さんで買う薬より、医者が処方する薬の方が良く効くじゃないっスか。あれは強い薬は副作用が強いから、医者がちゃんと症状観てどんな薬使うか決めて、薬剤師が飲み合わせとか、この患者さんには使って良いかちゃんと判断してるからこそ安全に使えるんスよ。そもそも新しい薬は、何が起こるか色々治験してから出すはずなんスよね。だからこんなもんで済んでラッキーっす、うひひひひひ!」
ぬああああああ!道理だけど!このアマアアアアアアアア!
そう心の中で叫んだあとに気付く。毒にやられた森の民の皆さんが次々と横になって苦しんでいる。まずい!時間が無い!
大急ぎで薬豆を大量に作り、『ラーマ』の毒に対する術式をもう一度思い浮かべる。すると『ラーマ』の抗体が今度は水道の蛇口をひねるようにドバドバと体内に湧いてきた感覚がある。
「(二回目だから精製は楽なんだろうか⁈今度は細心の注意を払って魔力を込めて……そしてこの液体をさっきの薬豆に霧吹きで薄~く塗布するイメージで……よし!『ラーマ』毒の特効薬改善版完成だ!)」
両手一杯の薬豆を抱えながらフォレスタに向かって叫ぶ。
「フォレスタ!毒の特効薬……いや解毒剤か⁈ができた!これを毒を受けたみんなに食べさせてあげて!」
そう言いながらフォレスタに薬豆を渡す。
だがフォレスタは受け取りつつも、
「あの……さっき副作用って言ってなかった⁈……大丈夫なの⁈この薬……」
不安そうに言う。フォレスタの視線の先にはトロンとした目で、イチの首筋に口づけするリコを見える。そりゃ不安だよな……。
「効き目は保証するよ!副作用も(たぶん)大丈夫!改善したから!ほら時間が無いよ!」
()の中は聞こえないように小声で言う。
フォレスタも毒の治癒が先だと思い直したのか、皆で手分けして薬豆を配ってくれた。
10分後……。
「ホイヤー!セイヤー!アタタタタ!ホイヤー!セイヤー!アタタタタ!ホイヤー!セイヤー!アタタタタ!ラブリー!」
よく知ってる寄声が集落に響く。
さっきの薬豆を振舞った患者さんたちが、一斉にエルマさんの祝福のオタ芸と盆踊りをミックスさせたような意味不明なダンスを踊り出してる。
うつむくイチ。そのイチをジト目で見つめるフォレスタ。
そんな中、脳内にシャーリーさんの声が響く。
「(魔力の配合量を変えたから、副作用も変わった感じっスね。思わず踊り出したくなるくらい興奮する副作用って感じっスか。まあ、体調を崩す系の副作用より良いんじゃないっスか⁈)」
あのシャーリーさんが少し気を使ってくれてる気がする。
そしてこの副作用の内容をフォレスタに説明する。
「踊り出したくなる副作用……みたいです」
「へえ……そう」
消え入りそうな声でフォレスタに説明するも、ずっとジト目で見てくるフォレスタ。視線が痛い。
皆がエルマさんの踊りを踊っているのは、さっき見て覚えたからだろうか。
「ラブリー!ラブリー!ラブリー!」
集落に声が響く。百人単位のM字開脚は圧巻だ。ちなみに森の民の先頭に立って鮮やかなM字開脚をキメているマッチョは、森の民の長……フォレスタのお父様だ。長は自分流にアレンジを加えてM字開脚の後に昔流行ったパンツ被って戦う変態ヒーローの様に股間のおいなりさんを強調するポーズを取っている。
フォレスタの視線が氷のように冷たい。ギラードは去ったのにあのレベルの冷たい圧を感じる。怖い。
「どのくらい……続くの⁈これ⁈」
「それは……」
フォレスタの問いに思わず口ごもると、シャーリーさんが解説してくれた。
「(あの魔力の量だと……一日三回飲む薬並みの効き目っスから…まあ、4時間くらいは続くんじゃないっスかね⁈)」
「4時間……くらいだそうです」
「まあ、素敵」
こちらの説明にめっちゃ丁寧な言葉使いで返してくるフォレスタ。めっちゃ怖い。顔半分に影が入った状態の薄笑いをしながらこちらを見ている。
そんなイチの顔と首筋はキスマークで一杯で、今もリコはイチに後ろから抱き着きながらイチの耳をはむはむ噛んでいる。
「幸せそうねえ……毒を消してくれたのは感謝してるし、良い所を邪魔しちゃ悪いから、今は何も言わないけど、4時間後に大事なお話をしたいからよ・ろ・し・く・ね!」
氷点下の笑顔をくれながら、去ってゆくフォレスタ。
死刑判決が出た囚人のように項垂れるイチ。
そんなイチにエルマさんが近づいてきて感無量で話しかける。
「アタシの作ったラブぽよエンジェル教の、スイートラブリー神の加護のたっぷり詰まったダンスをこんなに沢山の人達が踊ってくれているなんて!アタシ感激しちゃった、この薬、もっと作って!」
それを聞いた脳内のカセーツさんも大喜びで語る。
「(エルマさんがこんなに喜んでくれるなんて!く~!身体が無いのが悔しい!その感謝の言葉を全身で浴びて明日も頑張ろうな!イチくん!いや……ヒーロー!)」
無言で項垂れるイチ。
森の中に響く百人単位のスイートラブリー神の加護のたっぷり詰まったダンスの声。
昼くらいまで森の民の集落はカオスな賑やかさに包まれていた。