50-復活
「竜人達の狙いは……エルマさん⁈……なんで⁈」
思わず口にしてしまう。いや今の呪いを浄化する力を見る限りではかなりの能力だけど。
あのM字開脚ダンスの絵面のせいで説得力がなくて何故かピンとこない。
そんな困惑している自分を見て社長が語ってくれた。
「以前だったか……私は、ライミさんの存在は知ってはいたが、居場所はシリウスさん、マムリ姐さん、ジルコンさんの3名しか知らない……と言う話をしたのは覚えているかな⁈」
その話は覚えている。当時、ライミさんの能力の凄まじさに驚いた記憶が。
実際はそれ以上だったけど。
「はい、たしかその話は聞いた覚えがあります。」
そう返事すると、社長は続けてくれた。
「私もほとんど接点は無かったんだが……シリウスさん達からある程度の情報は貰っていたんだ。実はライミさんは竜人たちの情報を得る事ができるらしく、重要情報や敵の配置などを我々に流してくれていたんだ」
諜報もやってたのかよ!
ライミさん凄いな!
でもそれならどう考えても竜人たちの最優先確保対象はライミさんじゃ……。
そんな顔をしていたら、社長が教えてくれた。
「もちろんライミさんは竜人にとっての重要指名手配の一つだ。だが、最上位じゃないらしい」
「え⁈じゃあ最上位はなんです⁈」
当然の疑問を投げかける。すると社長は少し小声で言う。
「……シリウスさん達経由で聞いた話だが、竜人たちは呪いに悩んでいるらしい」
「へ⁈竜人たちの呪いですか⁈竜人たちは呪いを撒き散らしている側でしょ⁈」
おかしな話だ。
リコの治めるワーミ領の畑は呪われていた。収穫は雀の涙で民は苦しんでいた。
そういえばそれをエルマさんが解呪した事もあったっけ。
でもあの時はたしかカセーツさんが……
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「竜人の魔道具に、土地をおかしくさせる呪いの瘴気を撒き散らすのがあるんだ!おのれ竜人!姫様が留守の間にこんな真似を!許さん!…ってなわけで、エルマちゃん、プリーズ!」
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そう言ってたのを覚えている。あの厄介な呪いを撒き散らしたのは竜人たちのはずだ。
呪いで収穫量を落とさせて、税金を払えなくさせて、民を連れてゆき、誰もいなくなった土地を収奪する。それが竜人たちのやってきた事だ。
まさか……
「もしかしてあの呪い……竜人達も扱いに困っていたりします⁈」
「その可能性もあるが……あいつらが苦しんでいるのは別の呪いかもしれない」
社長の言葉で思い出した。
さっきの戦いで呪いの小刀の瘴気に怯えて大慌てで逃げ出す竜人兵を。
そう言えば呪いなんてほとんど縁が無かったから、恐ろしいものという感覚はあっても何種類もあるとか考えた事は無かった気がする。
病気や毒がたくさんあるんだから、呪いだって色々あってもおかしくない。
思わず社長に尋ねる。
「俺達の知らない別の呪いに竜人たちは苦しんでいるということですか⁈」
「私はそう睨んでいる」
社長は更に続けた。
「さっきの話はライミさんが音信不通になる少し前の情報なんだが、その時に竜人たちが『悲願が叶う』と騒いでいた事があったらしい。あの時は何の事だと思っていたが……最近の情勢を見て『もしや?』と思ったのだよ。我々勇者の能力は色々だが、この世界に住む者には規格外の祝福も多い。勇者が魔道具の材料になる件までは想像してなかったが、有用な祝福は竜人たちだって欲しいはずだとはずっと考えていたんだよ」
それはたしかに。
見た事ある範囲のファンタジー物でも異世界からの能力持ちは狙われるからなあ。
エルマさんは戦闘要員じゃないし、酒クズでおちゃらけてるけど、全ての呪いを解くなんてよく考えたら化け物能力だ。呪いで困っているなら絶対に欲しい能力だろう。
でも……
「社長は……エルマさんが竜人たちの目当てだと、どこで気付いたのですか⁈」
「ジャーバルやエリトたちが集落に来た時だよ。あいつらが大勢で押しかけて来た時に、あきらかに只物じゃない竜人兵がいた事に気付いた時にピンときた」
ギラードの事か!でも……
「只物じゃないって……どこで気付いたんです⁈」
「ジャーバルや、他の竜人兵や取り巻きたち、そいつらがヤジを飛ばしたり挑発したり煽ったりしている中、そいつ一人だけそれに参加せずに周りをジッと見ていたんだ。最初は冷静な奴がいるなと思っていたんだが『いや、あいつは只物じゃないな、少なくとも監視役か案外大物かも知れない』と途中で気付いた」
全然気づかなかった。思わず社長に尋ねる。
「只物じゃないって……そんなに違うものなのですか⁈」
「あの時は兵士に姿を変えていたが、纏ってる空気や、立ち居振る舞いが全然違ったよ。上手く言えないけど、やはり本当に恐い人がもつオーラがあったかな。何より、煽ってる竜人兵や取り巻きが、時々奴の方をチラチラ見てたしね。何かあるなとは思った」
あの時は頭に血が上っていたからなあ……そんなの全然気が付かなかった。
「すみません、全然気づかなかったです……」
「イチくんの年齢なら仕方ないさ。この視点は私の経験からもあるからね」
え⁈経験って⁈
……という顔をしてたら、社長が悪戯っぽく笑いながら続けてくれた。
「実は私が社長をやっていた時に、掃除夫やシルバーさんの格好をして、入って来たばかりの新入社員を観察するのを楽しみにしていた事があってね。掃除夫だと思って横柄な態度を取る新人に『実は私はこの会社の社長だよ⁈』と後から周りにバラさせて青ざめさせるのを見るのが我が社の毎年の恒例行事にしてたんだ。悪趣味と言わないでくれ。能力高い子は天狗になるからね。ここで冷や水を浴びせておくのは後々に本人の為になるんだ。変装したギラードはあの時の私と同じような事をしてるお偉いさんの匂いがしたんだよ!」
意外とお茶目な事してたのね、社長。
そういう視点もあったのね……でも……
「あの……それだけで、エルマさんが奴らの目当てと確信できるものなのですか⁈」
思わず問うと、社長が笑いながら語る。
「説明不足だったね、確信したのはその直後だよ。イチくんがジャーバルやエリトの挑発に乗って竜人たちの前に出た時に我々も後から出たよね⁈あの時、『冷静な竜人兵』はエルマさんだけをガン見したんだよ。イチくんやシリウスさん達に目もくれないでね。そこで私はエルマさんが奴らの目当てだと確信したんだ。そして私がその『冷静な竜人兵』の方に視線をやると、周りの竜人兵があからさまに大きなリアクションをしたりして『冷静な竜人兵』から私の視線を外させようとしてたから、こいつが重要人物なのも確定したんだ」
やっぱり冷静な人がいると違うなあ。俺は頭がカッカしていてこの辺りの事は覚えていないや。
それとも、頭に血が上った人が近くにいたから、周りが冷静だったのかもしれないけど。
いや……でも……。
「あの時、社長はギラードと交渉して退かせてくれたのですけど、なんで、ギラードは退いてくれたのですか⁈あの強さなら、あの場で戦って無理矢理エルマさんを連れて行けばよかったのに……」
それを聞いた後、社長は少し考え込み、語った。
「たぶん私が『何を知っているか』を知りたかったんだと思う。あとあそこで乱戦になったら、シリウスさんたちが本気だせば少なくとも竜人兵たちの大半はやられるし、最悪、エルマさんを取り逃がすかもしれない。できれば私が何を知っているか聞き出し、夜襲で犠牲を少なくしつつ、誰も取り逃がさない布陣を敷いて、エルマさんも魔道具も全部手に入れたかったんだろう。まあ、結果は双方ボロボロだが……。あとライミさんが行方不明なら、色々と彼らにとって都合の悪い事が広まる可能性があったからだろうね」
そして社長は続けてくれた。
「まあ、ここまで言っておいてはなんだが、最終的には長年の経営者としてのカンだよ。あいつらは最初に税金がどうだと言いながら押しかけて来たけど、すぐにあれは単なる口実だとわかった。よくある手口だよ。商売してると、怪しい奴が近寄ってくるからね、そういう奴特有の匂いがあるんだ。まあ、完全に勘違いで、あの時、大恥をかいていた可能性もあるけど。そう言うのを誤魔化すのも私は得意でね」
社長はそう言って笑った。その視点はなかったなあ。
やはり年長者の知見にはお世話になろう。
そんな事を考えていたら、突然、リコが苦しみだした。
「ハア……ハア……ハア……」
「リコ⁈どうした⁈」
リコは全身紫色になっていて今にも命の灯が消えそうになっていた。
「なんで⁈集落全体の呪いは解けたんじゃないの⁈リコ!しっかり!」
見ると、他の、瘴気を浴びた森の民の一部の人々がバタバタと倒れ始めた。
よく見るとフォレスタも調子が悪そうだ。
「(あ~……これは……毒っスねえ。瘴気の呪いは、解除したかもしれないですけど、あの瘴気、蛇の化身でしたから……毒も持ってたみたいっスね。呪いで体力奪われたところに、毒がダブルパンチで効いている感じっスね、きっと)」
脳内にシャーリーが話しかけてくる。
慌てて問う。
「(そんな!……そうだ!シャーリーさん!『毒使い』の祝福で、この毒を解毒する方法があるんじゃ……)」
「(この毒はあたしの知識の中にないっスねえ。残念ながら)」
「ウソだろ⁈」
思わず大声が出る。そして気付く。
腕の中のリコの呼吸が小さくなってきた、ヤバい!
「リコ!死ぬな!うわあああああああああああ!どうすれば良いんだ!」
思わず半狂乱になる……が空気を読まない軽快な声が脳内に響いた。
「(無ければ作れば良いっス)」
「(え⁈)」
「(え~と……イチさんは『血清』って知ってます⁈)」
昔TVでやってたのを見た覚えがあるな……たしか……
「(えっと……たしか毒に対する抗体だよね⁈人間以外の 他の動物 の体内に、蛇とかの毒を投与して、そうすると、動物の体内で蛇とかの毒に対抗する抗体が生まれる……だっけ⁈)」
「(そうっス。その動物から抜き取った血液から、抗体を抽出して作るのが血清っス。解毒剤が無いなら一からこの呪いの蛇の毒の血清を作成すれば良いんス!うひひひひひ!)」
嬉しそうに笑うシャーリーさん。
いや!今から一から作るって⁈随分簡単に言うけど!
「(今から動物を用意するの⁈しかもその方法じゃ時間がかかるでしょ⁈リコは今にも息絶えそうになってるんだよ!待てないよ!)」
思わず心の中で叫ぶ。だが軽快にシャーリーが返してくる。
「(血清はあくまで例えっス。要は抗体を作れば良いんで!抗体はイチさんの身体で作るんスよ。気付きませんでした⁈あんな呪いの瘴気の中心にいたのにイチさん毒を受けてないっスよね⁈」
言われて気付いた。
たしかに自分はあの瘴気の蛇の毒を受けていない⁈
シャーリーさんは続ける。
「(うひひひひひ!気付いたみたいっスね!そうっス!あたしの指輪をしている時に受けた毒は無効化できるんっス!指輪を嵌める前に受けた毒は無効化できないっスけどね。そしてそのまま受けた毒からイチさんの体内で抗体を作って、そこから生まれた知識と術式を使って、そこから解毒剤を作るんスよ)」
「(マジか!)」
言われて見れば、体内で毒と免疫が戦って、そこから何かが生まれそうになっている気がする。もしかしてこれが……。
「(あ、わかったみたいっスね。その体内に生まれたものをそのまま『分離』するイメージを持ってくださいっス)」
体内の血液が毒を吸収して……分離する……なにか頭の中で新しい毒の知識と術式が生まれた気がする!
「(できたみたいっスね。うひひひひひ、覗かせて貰うっスよ!なになに……毒の登録名は『ラーマ』っスね。その術式を忘れないでくださいっス。その術式を思い浮かべながら魔力を込めれば薬が作れるっスよ!さっそく、何か食べ物か飲み物を用意して、そいつに魔力を付与してみてくださいっス)」
「え!魔法をかけるみたいに『対象の人間に魔力をこめて毒消し!』みたいな真似はできないの⁈物理的に薬作らないといけないの⁈」
おもわず声が出る。周りが、なんだ⁈と言う顔でこちらを見る。
しかし脳内のシャーリーさんは無慈悲に言う。
「(できますけど、それはこの能力をもっと使いこなせるようになってからの話っスよ。今さっきこの指輪身に着けたばかりじゃないっスか、無理っスよ!今できるのは薬を作るだけっス、うひひひひひ)」
うわー!なんてこった!道理だけど!
……っていうかシャーリーさん、生前、性格に難があるって言われてたんじゃないか⁈おのれー!
大慌てで周りに助けを求める。
「フォレスタ!薬を作りたいんだけど、何か食べ物か飲み物持ってる⁈」
「え⁈そんな急に言われても!」
言われたフォレスタが困った顔をする。他の森の民たちも何も持っていなかった。
焦っていると、脳内のシャーリーさんが空気を読まない呑気な声で語りかけてくる。
「(効き目の違いは出るっスけど、食べ物なら割となんでも融通は効くっスけどねえ。果物でも、木の実でも、豆とかでも)」
「そんなもの……!あっ!」
思わずシャーリーさんに毒づこうとして気付いた。
エリトの右手に『豆使い』の祝福の使える魔道具がついていたことを思い出した。
あの魔道具なら!
エリトの右手……『毒使い』の指輪を回収した後、どこにやったっけ⁈探さなきゃ!
そう思い集落に戻ろうとした瞬間に気付いた。
ボロボロになった土人形がすぐ側に来ていた。這いながらこちらに来たらしい。そしてその手にはエリトの右手が握られていた!
「土人形……お前……」
土人形はエリトの右手を渡すと、今度こそさらさらと粉状になって崩れた。そして中心から大理石の様な小さな石が零れ落ちる。
「土人形さん……本当にありがとう」
土下座せんばかりの感謝の言葉が出る。
そして礼を言った後、素早くエリトの右手の薬指から植物の蔓のような装飾が刻まれている銀色の指輪を外し、自分の右手の薬指に嵌めた!
脳内に世界中のありとあらゆる豆の情報が入ってくる!
鉄豆に、酒に使える酒豆……。
凄い豆の情報がいっぱいあるけど……とにかく種類が多い!万単位はあるぞ⁈
薬に向いている……有用な豆の情報はどれだ⁈
だめだ、多すぎる!時間が無いのに!
そんな半狂乱になりそうな自分の脳内に……懐かしい声が響いた!
「(はっはっはー!ミーのヒーローの力が役に立つ日が来たみたいだネ!)」
「カセーツさん!」
ヒーローポーズをとっていた極楽鳥ヒーローが脳内に浮かぶ。
歓喜の涙声になりながらその声を聞き……体内に力が湧いてきた!