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46-窮鼠の一撃

ヒュンヒュンヒュンヒュン


エリトに向かって森の民の戦士たちの放つ矢が降り注ぐ。


エリトはノールックで矢の飛んできた方に左手を向ける。

その瞬間に森の民の戦士たちの矢は明後日の方向へ飛んで行く。

エリトは「羽虫がうっとうしいなあ」という感じの顔をしながら、指輪に魔力を込めて左手を空にかざした。

その直後、エリトの周囲に何かドーム上の屋根のような形の力場が発生した気がした。

そして、エリトに矢の攻撃は一切通らなくなった。


「ウソでしょ……」


絶句するフォレスタ、森の民の戦士たちもどよめく。

それを見て、笑うでもなく、虫を見る目でこちらを見るエリト。



「これでもう弓矢は怖くない。アン、チョビ、どこにいる⁈勇者どもの魔道具を回収するぞ。その後、あの女を捕らえる」



新しい力を得たエリトはもう余裕綽々と言った感じで、こちらをもはや敵とみなしていないようだった。


もうだめだ……勝てない。

鼓動がゆっくりになってきた。手足が冷えていく……眼から、腰から、力が抜けていく。

本当に終わった……このまま死んでしまうのか……。


そんな時、先ほど生まれた自分の頭の中の受信回路に、何か映像のような物が送られてきていた事に気付いた。

一体誰から……⁈脳内で映像の内容を確認する。


「(シリウスよりイチくんへ)」


「(シリウスさんからだ!)」


最後の力で通信が切れる瞬間に送って来てくれていたのか!

内容は……15秒くらいの短い動画だ……これは⁈


勇者オリオンがゆっくりと剣を振る映像だった。


見た事ある。シリウスさんが特訓の時によく行っていた素振りだ。

ゆっくりとした、型を確認するかのような素振り。

正直、特訓前の準備体操だと思っていたものだ。


「(オリオン斬り)」


映像の中のシリウスさんの声はそう言った。そして続ける。


「(普通の事を普通にやる、ただそれだけだ)」


そんなメッセージが流れた後、映像は消えた。


「(え⁈ちょっと待って⁈なんだ今の⁈必殺剣とかじゃないの⁈……もし必殺剣なら弱すぎるし、最期に送ってくるメッセージがこれなの⁈)」


混乱しながらさっきの剣の型の映像を脳内で反芻する。

いや、どうみてもただの上段斬りだ。しかも遅い。

こんなの実戦で当たるワケない。

一体何を考えてるんだと混乱して、ふと周りを見ると


魔道具となったジルコンさんを回収しようとするエリトが見えた。


何の警戒もなくこちらに背を向けている……。

ちくしょう……もう俺なんか眼中にないのか。

悔しい……でも身体は動かない……。

もういい、俺は負けたんだ。もうどうにでもなれ。


その瞬間にある事に気付いた。


「(いや……意外と毒の回りが遅いな⁈)」


そう思って力なく横を見ると……

リコがいつの間にか隣に来ていて震えながら自分に回復魔法をかけていた。


こんなか細い少女が健気にも俺を助けようとしてくれている。


「(……そうだ、俺の命はまだ尽きていないじゃないか!)」


このままだと全てを奪われるだけじゃなくてリコやフォレスタも皆殺しだ。

俺はリコの勇者になると誓ったんだ。主人が諦めていないのになんで俺が勝手に諦めてるんだ!


急速に頭が冷えた。

心のやる気スイッチが入って身体のエンジンが再動する音がする。


身体の血流が戻ってくる。

手足の温度が上がってきて、眼に力が戻ってきた。

体内には毒がある、本来の力の5割も出せないだろう。

だからどうした、それでリコたちの生存の可能性が僅かでも増えるなら、戦って死ぬ価値はある!

この命使って、シリウスさんみたいにエリトの腕の一本でも切り落としてやる!



まてよ……毒……⁈腕を……切り落とす⁈



ハッと気づいた。エリトはさっき、こう言っていた。


「ちなみに小指のこの紫色の宝石のついた指輪が、お前の身体を蝕む毒を作った魔道具だ」


そしてジルコンさんはさっき、こう言っていた。


「この毒には心当たりがある…これは…ドラフト36位のシャーリーの祝福『毒使い』で使われた毒の一つだ…毒を自在に操れる祝福でな…強力な毒を作れたと思えば、毒を薬にすら変える事すらできるやつだ…この毒を解毒できるのはシャーリーだけなんだが…でもあの嬢ちゃんは討たれたって聞いてる…だから…もう」



あの指輪を手に入れれば、俺の体内の毒をどうにか出来るんじゃないか⁈



いや、ぶっつけ本番で魔道具を使いこなせるとは思えない……が、エリトは初めてでシリウスさんが変化した魔道具の指輪を使って簡単な『重力制御』を使ってみせた。俺にも使える可能性はある!



生きられる希望の可能性の糸口が見えた!



だったら



最後に無茶をやってみるか。


リコにだけ聞こえるように小さな声を出す。


「今から無茶をする。そうしたら回復魔法を全力でかけてほしい」


「え⁈」


覚悟を決めた。立ち上がりエリトを凝視しながら冷静に脳内でスイッチを入れる!


「『アクセル255』発動!」


視界がエメラルド色に変わる!


…いや……変わらない。


周りの視界が真っ黄色のトパーズカラーだ。

明らかに全身が悲鳴を上げている。

身体を動かすガソリンみたいな血液がボロボロの血管を駆け巡り全身に針で刺すような痛みが走る。

酸素がきちんと供給されていない。呼吸が乱れる。

思わず心の中で毒づく。


「(酸素が……エネルギーが足りない!陸上なのに……溺れそうだ!)」


その瞬間に脳内で機械的な声がした。


「『アクセル128』使用制限時間は50秒」


……って128⁈255の約半分になってるじゃないか!


「(毒の影響⁈それとも連続使用のリスクか⁈基礎筋力は落ちてる感じがするし、使用制限時間も減少して、能力上昇も半分になっている!これじゃパワーアップしたエリトには通用しないんじゃ……)」


絶望する。しかしその瞬間、身体が軽くなった。

ふと見るとリコが渾身の力で自分に回復魔法を飛ばしてくれている!


心の力が戻ってきた!


再び脳内で機械的な声がした。


「『アクセル128』使用制限時間100秒に訂正」


「(……ありがとう!力が湧いてきた!)」


地面を蹴る!身を低くして、獲物狙う鷹のように猛スピードでエリトを斬りに行く!


「うおっ⁈」


完全に油断していたエリトが慌てて避ける。ジルコンさんの魔道具を落とした!


「貰ったぞ!エリトオオオオオオ!」


エリトに連続で斬撃を浴びせる。手数を増やして反撃を防ぐ!今までの修行で得た剣技を惜しみなく使うんだ!


「クソっ!死にぞこないが!」


至近距離で雷の大砲を撃とうとするエリト!しめた!右手が前に出た!


「貰ったアアアアアアアア!」


そのままエリトの右腕を斬り落とそうとする!


その瞬間、何かを察したエリトが左手で黒虹彩の呪いの小刀を抜き寸前で斬撃をガードした!


バチバチバチバチバチバチバチバチバチ


翠亀剣と黒虹彩剣が激突してプラズマのような電撃が発生する。服が焦げる匂いがした。

ヤバいと思ったのか、エリトはバックステップで距離を取った。

逃がすか!吐きそうになりながら心のエンジンにニトロをぶち込んで、身体をぶん回す!


バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ


翠亀剣と黒虹彩の小刀が激しくぶつかり合う。激しく弾けるプラズマ、どちらの剣も一撃必殺の威力だ。エリトの顔から余裕が消える。


「くそ!死にぞこないの癖に!お前の祝福とその剣は本当に厄介だな!気が変わった!お前を殺して魔道具も、その剣も両方回収する!」


今ので押し斬れなかった!油断してたのに!

だがパワーアップしたエリトに祝福で底上げした俺の剣技は通用する!もう一度連続斬りを……!


そう思った瞬間に濁流のようなエネルギーがこちらに流れてくるのが見えた。

ハッとなって後ろに飛ぶ。

それを見て舌打ちするエリト。


「チッ、捕まえてやろうと思ったのに。……そう言えばお前は『重力制御』使えるんだったな。この力場の流れが分かるのか。だがこれでは近付けまい、祝福もすぐに切れるだろう。お前の命はもうすぐ尽きるぞ残念だったな!……ってグワー!」


その瞬間にエリトの右脚に矢が刺さる。

フォレスタが叫ぶ。


「守りの『重力制御』を解除したな!今なら矢が当たるぞ!みんな、矢を放って!」


森の民の戦士たちの矢が一斉にエリトに降り注ぐ!慌ててまた『重力制御』でドームを作るエリト。

隙が出来た!


「貰ったぞ!エリト!」


突撃して翠亀剣を横に薙ぐ!首を斬るコースだ!

元同級生を斬る⁈コイツに対してはもうそんな良心の呵責を考える分岐点はとっくに超えたんだ!

覚悟しろ!


「う…うわあああああああああああ!」


大慌てで無茶苦茶に黒虹彩剣の小刀を振り回すエリト。

一撃一撃からとんでもない圧を感じる!だが頭は冷静だ、黒虹彩の小刀の軌道を上手くかいくぐる。トドメだ!


だが首を斬ろうとした瞬間に雅な声が聞こえた。


「斬らせるわけにはまいりませぬ」


その声がしたと同時に、黒虹彩剣から瘴気が噴き出し、八岐大蛇のような蛇が襲い掛かって来た!

慌てて翠亀剣でガードする。


シャアアアアアアアアアアアアアアアアア


「うわあああああああああああ⁈」


全身が凍り付くような蛇の威嚇のような声が聞こえ、ガードしたのにあまりの圧に吹き飛ばされる!そのまま地面を転がされた。

なんだ!あの小刀あんなこともできるのか⁈


エリトも呆然としていた。そして、握った黒虹彩の小刀から立ち上った八岐大蛇のような蛇の瘴気に気づき、おずおずと話しかける。


「お前…『黒百合』なのか⁈」


「はい、お前さまを勝たせるのが、あちきの役割でありんす。次の命令はなんでございますか⁈」


「は……ははは!こいつは良い!俺様は最高の剣と相棒を手に入れていたのか!」


ニヤリと笑いながらイチを見るエリト。そして黒虹彩の小刀を握り込みながら命じた。


「黒百合!あそこにいるイチという雑魚を飲み込め!」


「はい、お前さま」


そう返事をした直後、八岐大蛇のような瘴気が蛇行しながらイチに襲い掛かって来た!

反射的に横に薙ぐ。蛇の瘴気が吹き飛ぶ!そしてバラバラに吹き飛んだ瘴気は黒虹彩の小刀に戻り、また八岐大蛇のような蛇の形に戻る。そのまま瘴気の蛇はとぐろを巻きながらエリトをガードしている。


「(なんてことだ……だが翠亀剣ならあの瘴気は斬れる)」


そんな事を考えていると心臓が激しく高鳴ってきた。視界がどんどん夕焼けの色になってくる。


「(悩んでる時間はない!とにかく手数であの瘴気を吹き飛ばして斬り込む!)」


地面を蹴って超高速でエリトに突撃する。

飛び出してきた八岐大蛇のような蛇を連続斬りで散らす!

よし!再生前にエリト本体を……。


そう思った瞬間にエリトが右腕を上げて雷の大砲を撃とうとするのが見えた。


「(そんなもの翠亀剣でキャンセルしてやる!)」


いや……違う。


エリトの右手は俺を狙っていない。狙いは……。


エリトの雷の大砲の射線の先には……リコがいた。

「(さあ、どうする⁈)」そんな邪悪な笑顔をするエリト。


「くそおおおおおおおおおおお!」


翠亀剣の軌道を変えて雷の大砲をキャンセルする。その瞬間に、目の前に八岐大蛇のような蛇が再生して立ちはだかった。

エリトの声が耳に入る。


「食ってしまえ『黒百合』」


「はい、お前さま」


防御が、がら空きの自分に向かって8つの鎌首が飛び掛かってくるのが見えた。




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