44-蜂の一刺し
何者だ⁈
脳内に声が流れてきた時に最初に思ったのはそれだった。
脳内に響いた声はライミと名乗った。ドラフト5位の勇者だという。
しかも親切にギラードの位置を教えてくれるらしいとのこと。
喉から手が出るほど欲しい情報だけど信じてよいものだろうか⁈
……いや、待て、ライミ⁈
思い出したぞ⁈社長が以前に…
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「ドラフト5位のガーマハ領の勇者で、ライミさんと言う女性がいるんだ。彼女は戦闘能力は全く無いんだが、彼女の祝福が凄くてね、彼女の能力は『通信』なんだ。彼女が中継すれば、この世界のどこにいても通話が出来ると言う、サポート専門の勇者なんだ」
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たしかそう言っていた!
何処にでも通信できる祝福持ちの勇者がいると。この人のことか!なら話を聞いてみよう!
……とは思ったものの、通信は今にも途切れそうな弱さだ。
途切れさせないように、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
すると、脳内に極小の回路が二つ出来たような感覚があることに気付けた。右脳側の回路から声が直接脳内に響いている感じがする。なるほど右側の回路が受信か。ならもう片方の左脳側の回路に意識を集中してと……送信を試みる。
ひゅーんひゅーんひゅーん…ピポッ
軽快な音が脳内に響く。うん、音声がクリアになった。なんとなくだけど、脳内に簡易的なスマホが設置されたような気分だ。
これなら上手く会話できそうだ。
「(貴女がライミさんですね。自分はワーミ領のドラフト47位勇者のジュンイチ・キタダです。呼び方はイチでよいです。ギラードの位置が分かるというのは本当ですか⁈)」
脳内で話しかけてみる。
するとすぐに返事がきた。
「(ああ……よかった……あーしを知っていた!これなら通信できるわ!ねえ教えて…シリウスさんは無事なの⁈話しかけているけど返事が無いの…マムリ姐さんやジルコンさんも……)」
安堵と焦りが同居した声が脳内に響く。声や喋り方からいって若い人みたいだ。
こちらも焦っているけど、なるべくそれを出さずに、今ここで起きている事を話す。
「(マムリ姐さんとジルコンさんはおそらくもう……シリウスさんも瀕死です)」
「(そんな…なんてこと……⁈)」
絶望するかのような女性の声がする。
気持ちは同じだ、でも今は反撃の為の情報を貰わねば。
続けて通信する。
「(シリウスさんは5000ダールの距離までなら攻撃できる武器を持っているそうです。ただし使用できるのは一度だけです。お願いです!ギラードの位置を教えてください!)」
即返事が来る。
「(わかったわ……よく聞いて。ギラードは…そこから3000ダールほど離れた古い祠の側に…いるわ。貴方の名前は……イチさん……だっけ⁈受信位置からすると……祠は今のあなたから見て右斜め30度の方向…よ)」
その声を聞いて、言われた右斜め30度方向の遠方を見る。
が……遠い上に暗くて見えない……本当にそこに祠があるのかな⁈
一応確認をするために、教えてもらった方向を指さしながら振り返り、フォレスタに尋ねてみる。
「フォレスタ!確認したいんだけど、もしかしてこの方向、3000ダールほど離れた所に祠があったりする⁈」
「この方向に……3000ダール⁈」
フォレスタが目を凝らしながら指さされた方を見る。
すると何かを思い出したようだ。
「その方向にはお墓と……この森を守るために戦った戦士たちを祀る石碑があったけど……祠……⁈いや!あったわ!側に小さな祠が!何で知ってるの⁈」
同時に、何かを察したかのようだ。目を輝かせながらこちらを向いた。
「そうか……そこにいるのね⁈」
よし!少なくとも祠は実在する。
今はとにかく信じてみよう!
すぐにシリウスさんに伝えなきゃ……。
そう思ってシリウスさんの方を見て、思わず息を飲んでしまった。
シリウスさんはとぐろを巻いた八岐大蛇のような、おどろおどろしい瘴気に包まれていた。
瘴気は、触れてはならない呪いのような圧があり……とてもじゃないけど近付けない。
「誰か……いないのか⁈もう何も見えない…聞こえない…」
シリウスさんの弱弱しい声が聞こえる。
憔悴して今にも命の火が消えそうで……大声で叫んでも声が届くかどうかもわからない感じだ。
「(ダメだ!声は届かないみたいだ!)」
そう通信すると、すぐにライミさんから返事が来る。
「(なんとかシリウスさんに直接触ることはできませんか……⁈そうすれば……貴方を中継してシリウスさんに通信できるかも……しれないです)」
直接……触る⁈
瘴気に包まれたシリウスさんを見る。
呪いの圧が本能的に「危険」のアラートを鳴らしておりとても触れない。
初めてサソリやタランチュラ、警戒色バリバリの毒のある南米の生き物を見た時に生理的に感じた『嫌だ!触りたくない!』の気持ちを100倍くらいにした恐怖感がある。
無理無理無理ったら無理!
「(瘴気が邪魔してシリウスさんに近づけない!アレに触るのは無理だよ!)」
「(それじゃ……直接触るのは無しで……シリウスさんの魔力にあなたの魔力で触れる事はできませんか⁈それなら通信できるかも!)」
魔力で他人の魔力に触る⁈
何を⁈どうやって⁈やり方は⁈そんなの学んでないぞ⁈
思わず心の中で叫ぶ。
「(そんなことやったことないよ!できるわけ…!)」
いや…待て
言いかけて気づいた。
シリウスさんとの『重力制御』の特訓を思い出してみる。
あの時、シリウスさんの周りに見えた激流……あれは重力の流れだと思っていたけど、その激流を自在に操っていたのはシリウスさんだ。自分も『重力制御』を使う時に小さな湧き水のような流れを動かそうとして、その流れに指を入れていたけど、その時に指から魔力を込めていた気もする。
もしかしてシリウスさんの周りの激流に、自分が指で触れた湧き水のような流れを流し込めば魔力同士が触れる事になるんじゃないのか?
いや…そんな…単純な…。
即座にそう考えたけど、他に思い当たる手段は思いつかない。
ええい!こうなったらやってみよう。
眼球の奥に力を入れてシリウスさんを見る。空気は液体だと思うんだ。
すると、シリウスさんの周りに嵐のような荒れ狂う激流が見えた!
ようやく気付いた。この流れからはシリウスさんの意志を感じる。
もしかしてこれか⁈
「(……今度は……自分の周りにある、湧き水のような小さな流れに触れながら流れの方向を変える……そしてこの小さな流れをシリウスさんの激流に流せば……)」
チョロチョロと流れる小さな流れをシリウスさんの荒れ狂う激流の方に伸ばし…繋げた。
カラカラカラ
脳内に、飲み物が入っているグラスの中の氷がぶつかるような音が響く。
その瞬間、よく知っている声が脳内に響く。
「(誰か…いるのか⁈)」
「(繋がった!シリウスさん!イチです!ギラードの位置が分かりました。)」
「(……本当か⁈ありがたいが……どうしてわかった⁈)」
カラカラカラ
再び脳内に氷がぶつかるような音が響く。
誰かの魔力が、自分の身体を通して湧き水のような流れに乗ってシリウスさんに注がれる感じがした。
「(シリウスさん!ライミです!)」
「(ライミくんか!無事だったか!)」
「(今、映像送ります!)」
その瞬間、映像が脳内に流れ込んできた。
少し開けた高台に大きな石碑があり…その近くに小さな祠があるようだ。
そしてその祠の側に人影が見える。
いや、人じゃない……竜人……よく見ると竜人たちが魔法の道具を使っている時に見られる赤銅色の輝きが見える……それも凄い輝き……大魔法だ!
間違いない、ギラードだ!
凄いな…この祝福…映像まで送れるのか!
ついに見つけたぞ!
その時『脳内』ではなく『外部』から声が聞こえた。
「イチ様!危ない!伏せてください」
リコの声で我に返った。慌てて地に伏せる。
その瞬間、近くに隕石が落ちた!
ドオオオオオオオオオン!
土煙が上がる。立ったままだったらヤバかった!
振り返ってリコに礼を言う。
「危なかった!リコ!ありがとう!」
「どうされたのですか⁈こんな状況で眼を閉じたりなんかして⁈」
「ああ、今、ライミさんという人と話していたんだ、ほら、以前、社長が話していた…」
しまった!
そう思った瞬間
「ライミだとおおお⁈」
エリトの叫び声が響く!
その直後に空中に雷の大砲が4発上がった!
そして雷の大砲が上がった直後に…
脳内映像の中のギラードが慌てて移動しようとするのが見えた!
しまった!余計な事を言ってしまった!
「(大丈夫だイチくん…十分に狙いはつけられた)」
落ち着いた声が脳内に響く。そう言った後に、もう見えない瞳で祠がある方向を睨みつけ、黒虹彩の小剣を両手で掴み、突きの構えを取るシリウスさん。
剣先に集まった瘴気が捻じれる。
その瘴気は絞られた雑巾のようにぐるぐるぐると巻かれ、棒状になる。
そして、禍々しいエネルギーに満ちた鋭利な2mくらいの漆黒の投げ槍に変わった!
「終わりだ!ギラード!」
大声で叫びながら、狙いをつけた方向に向かって凄まじい『突き』を繰り出すシリウスさん。
その瞬間……投げ槍はミサイルのように撃ち出され、獲物に襲い掛かる蛇のようにうねりながら飛んで行った!
シュバアアアアアアアアッ
ドオオオオオオオオオン!
遠方で爆風が上がる!
そして直後に
「グワアアアアアアアアアアアアア⁈」
ギラードの断末魔のような声が集落に響いた。