42-真綿で首を締めるかのように
「『アクセル255!』発動!」
目の前の光景を見て即座に発動させる!心拍数が跳ね上がる!
視界がエメラルド色に変わる!
脚が2本、4本、8本…16本にと増えていくような超感覚!
迷わない!今狙うはエリトだけ!弾丸のように真っ直ぐエリトに突進する!
「躊躇なしか!クソが!」
毒づきながら両腕をクロスさせて姿を消そうとするエリト!
だが透明になろうとした瞬間に、まだ自分から水色の湯気が出ている事を思い出したらしく背筋が凍ったような顔をする!
「ブッパ!」
エリトが慌てて鉄豆の散弾をぶっ放す!
素早く横っ飛びして躱す!何度も喰らうかよ!そんなもん!
今日こそエリトを仕留める!
「クソが!アンチョビ!俺を援護しろ!」
アンチョビコンビにそう叫びながら慌てて逃げ出すエリト!
「命令するなって言ってるだろうが!」
チョビはそう毒づきながら、加速してジグザグに走りチーターみたいな速さでイチを狙う!
そのまま凄い速度でイチの首めがけてナイフを振るう!
のだが…
『アクセル255』が発動してるのもあって、動きはよく見えた。
そして怒りに燃えていたが…不思議と頭は冷えていて、戦場全体が見渡せている感じがする。
「(よし!この状態の最適解は!)」
態勢を低くして、翠亀剣を軽く薙ぐ。
「ぎゃああああああああああ!また太股!」
フォレスタがさっき射抜いたチョビの太股を斬る!傷口を押さえながらチョビが転がる!
それを見てアンが慌ててこちらに向かってくる!
しかしイチは左手を一度閉じたあと、ノールックで外側にむけて放出するかのように開く!
「よくもチョビを!…ってグワアアアアアアアアアアアアア」
『重力制御』でアンの目に砂をぶつける!うずくまるアン!
そのアンチョビコンビの脇を通過して、エリトの方に!
向かずに…方向転換してジャーバルに向かう!ジルコンさんを助けるんだ!
「馬鹿め!俺から離れたな!」
エリトは「チャンス到来!」とばかりに距離を取り、雷の大砲を撃とうと右腕を上げる!その瞬間!
ドスッ
「グワアアアアアアアアアアアアア⁈」
矢がエリトの右手に深々と刺さる!
エリトが矢の飛んできた方を見ると…フォレスタが笑ってるのが見えた!
「良い物つけてるじゃな~い♪どこにいるか丸わかりよ⁈水蒸気なのにキラキラ光ってさ⁈この距離ならそんな大きな的を外さないよ⁈ボクは⁈」
エリトの姿が見えてウキウキのフォレスタが素早く次の矢をつがえる!
「(チョビのアホ!なんであの女がまだ弓を使えているんだ!この距離じゃ狙い撃ちじゃないか!クソが!逃げるしかない!)」
体勢を低くして、歯ぎしりしながら脱兎のように走り去るエリト!
よし!これでエリトは大丈夫だ!
今やる事は!
全身全霊で地面を蹴り上げる!
「ジャーバル!覚悟オオオオオオ!」
翠亀剣を握りしめジャーバルの首を狙うだけだ!
一撃でキメる!
「うるさいぞ雑魚がああああ!」
ジャーバルが吠えながら赤銅色に輝く大槌を地面に振り下ろす!
大爆発かと思ったその瞬間!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ガキイイイイイイイイイン!
翠亀剣の軌道を変え、地面から斬り上げた!
すんでのところで、大槌を弾き飛ばす!
「ぬわあああああああああああああああああああ⁈」
大槌を弾き飛ばされたジャーバルの両手が上がって胴体ががら空きになった!
「もらったあああああああああああああああああ!」
袈裟懸けに斬りつける!が…将軍クラスの鎧だけあって硬い!
「馬鹿が!そんな細腕で俺のサファリ重合金の鎧を斬れるか!」
ジャーバルが嗤う!
確かに硬い!
だが!斬れる!
さっきジルコンさんはジャーバルと殴り合っていた!
ジルコンさんの馬鹿力であちこち細かいヒビが入ってるのが見える!
あと一息なんだ!
肺に空気を送り込む!
全身に血液を!酸素を巡らせる!
全エネルギーを腕に!背筋に!下半身に!とにかく筋繊維に回せ!爆発させるんだ!
翠亀剣を握り込む!歯を食いしばる!脳内で撃鉄が入った音がした!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
バキ…バキバキ…バキイイイイイイン!
鎧に亀裂が入った!このまま振り下ろす!
ズアアアアアアアアアアアアアアアン!
「なにいいいい⁈グワアアアアアアアアアアアアア!」
ジャーバルを袈裟懸けに斬り捨てた!
鮮血がほとばしり倒れこむジャーバル!
勝った!
「よっしゃー!見たかああああああああああああああ!」
そう吠えると、残敵が明らかに動揺して、背中を向けて逃げ始めた!
「リコ!シリウスさんとジルコンさんに回復魔法を!」
「はい!」
そう叫ぶと、リコが駆けよってきて二人に回復魔法をかけようとする。
…だが
「イチ様…もう…これは…」
二人の全身に、細かい傷があり…そこが紫に変わり始めていた。
「こっちも…毒か!…フォレスタ!毒消しの薬とかない⁈」
フォレスタが土人形を間に立てつつ遠方を警戒しながら、こちらに駆けより二人の傷口を見る。
そして、青ざめる。
「こんな毒…見たことない…長なら何か知ってるかもだけど…でも」
そこまで言ったところで、ジルコンさんが弱弱しく言った。
「嬢ちゃんありがとうよ、でもたぶんもう駄目だ」
倒れこむジルコンさん。そして、力を振りしぼりながら声をだそうとしている。
「この毒には心当たりがある…これは…ドラフト36位のシャーリーの祝福『毒使い』で使われた毒の一つだ…毒を自在に操れる祝福でな…強力な毒を作れたと思えば、毒を薬にすら変える事すらできるやつだ…この毒を解毒できるのはシャーリーだけなんだが…でもあの嬢ちゃんは討たれたって聞いてる…だから…もう」
「なっ⁈」
別の勇者の祝福⁈カセーツさんの豆を出す能力といい、なんでエリトは他の勇者の能力を使えてるんだ⁈
そんなことを考えていたら、倒れたジルコンさんが空に向かって弱弱しく喋り出した。
「マムリに伝えてくれないか…マムリ愛してる…って…いや、マムリ…おまえ…もうそこに…そうか…俺の物は全てお前の物にするつもりだったのだがな…ガハハ…もっと早く言うべきだったな…ガラでもねえ…」
ジルコンさんは、そう弱弱しく笑うと…意識を失った。
「あっ…」
フォレスタが無言になる。
え⁈まさか⁈
その瞬間!
ドゴオオオオオオオオオオオン!
近くに隕石が落ちた!
「うわあああああああああああ⁈」
思わず悲鳴を上げる!見るとシリウスさんが両膝をついていた。
それを見たアンとチョビと竜人兵たちが、ニヤリと笑って引き返してこようとしているのが見える!
まずい!
その瞬間、脳内に声が響く。
「『アクセル255』、使用限度時間まで3…2…1」
ウソだろ⁈いつもより短くないか⁈
その時左腕に軽い痛みが走った。
見てみると…血が出てる。さっきのエリトの鉄豆がかすったみたいだ。
いや…違う。
かすった所がうっすらと青色になりつつある!まさか!
「どうやら、僅かだけどかすったらしいな」
エリトの声がどこかからかする…水蒸気は…見えない…近くじゃないのか⁈
「安心しろ、シリウスたちとは違う毒だ、ただ筋肉を弛緩させるだけの毒を鉄豆に付与しただけさ!普通の毒でも良かったんだが…お前にチョロチョロ走り回られると厄介だからな!祝福封じさ!少しずつ力が抜けていくだろう⁈俺様は、このままお前の心臓が止まるのを眺めさせてもらうよ!」
ウソだろ!こんな能力もあったのか⁈
そう考えていたら…剣が重くなってきた…力が抜けていく…。
「俺達の勝ちだ!ざまあみろ!ケケケ!」
エリトの声が響く。竜人兵が近寄る音がする。いや…まだ戦える…でも…。
そう考えていたら、シリウスさんがぼそりと呟いた。
「いや…まだ…終わらんよ」
見るとシリウスさんの右手に黒虹彩の小剣が握られているのが見えた。