37-逆襲
「グウウウウウウ!おのれー!」
防戦一方のジャーバルが呻く。
「(つ…強い!今までの勇者とは桁違いだ!クソ!)」
ジャーバルは自分の強さに自信があった。
事実、何度も毎年ドラフトで来る勇者たちを葬ってきた。その中にはその年のドラフト1位の勇者もいた。
手強い奴もいた…が負ける気がした事は一度もない。
何故ならどんな相手も圧倒的なパワーでねじ伏せてきたし、少なくとも力なら竜人皇様の次くらいの実力はあると自負していたからだ。
そんなジャーバルだったが、この戦いでは終始圧倒されている。この、シリウスという今年のドラフト1位勇者は侮れない高い能力持ちではある…が
「(基本的なパワーもスピードも今までの勇者とは格が違う!しかも隙が無い…!派手な大技は使わず、小技や搦め手で少しずつ追い込んでくる!)」
鎧が砕ける音がした。パワーでねじ伏せる事もできなければ、持っている強力な武器による必殺技も出せない。
気がついたら…倒す事も逃げる事もできない状態に追い込まれており、ひたすら削られていく。
横目で部下の兵士たちの方を見ると、マムリとジルコンという勇者にボコボコにされているのが見える。
「(しかも一緒にいるドラフト2、3位も強い!いかん!このままでは負ける!せめて刺し違えても…!)」
ジャーバルは覚悟を決めて大槌を強く握りしめ…魔力を込め始めた。
「(相手のガードをぶち破る一撃を!)ウオオオオオオオオ!」
…が軽くいなされる。それどころか大技の隙を狙った、首への致命的な一刀が迫っていた。
「(やられる⁈この俺様が⁈人間ごときに⁈)」
死を覚悟するジャーバル。
…しかし首と胴は離れなかった。
必殺の一撃を放つ瞬間にシリウスがバックステップして引いたのだ。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
その直後に…シリウスのいた地点に強力な火炎球が飛んできた!
この技は…!
「遅いぞ!アン!」
火炎球の飛んで来た方向に向かって毒づくジャーバル。
「すみませんねえ、今、片付けますんで」
アンと言うでっぷりとした竜人がジャーバルの後方から現れながら返事をする。
体格は良いが、お腹の肉はぶるんぶるん震えているメタボな竜人だ。
アンという竜人の援護を見たイチとフォレスタは身構える!
が…兵士とは思えないぶよぶよのメタボ体系に「え?」という顔をしてしまい、イチとフォレスタは思わず視線を交わす。
「また…不摂生の塊みたいな感じの奴が出てきたな…油断はできないけど…その…なんというか…」
「動きは鈍そうだからボクが頭を吹き飛ばす!それより、イチはエリト探索を続けて…えっ!」
ボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウボウ!
メタボ竜人のアンは口から火炎球を矢継ぎ早に吐き出した!ジャーバルを援護しつつ、四方八方へ火炎球を撒き散らす!たちまち集落は火の海に!
森の民の戦士の櫓や、民家にも火が回りだす!
それを見たシリウスさんたちがすぐに動く!
「いかん!マムリ!ジルコン!消火を!」
「わかったワ!」
「クソ!あの野郎!」
ジルコンさんが『大貨物船』をさらに開放して水を出し、マムリさんがその水をスプリンクラーのように広範囲に撒いて消火にかかる!みるみる火の勢いは落ちはじめた!
…が、マムリ姐さんとジルコンさんが戦線から外れてしまった!マズい!
発作的にイチがシリウスさんに叫ぶ!
「シリウスさん!」
「わかってる!イチくん!援護してくれ!将軍の前に、まずはあの太った竜人から仕留める!」
シリウスさんはそう返すと、アンを指差し『重力制御』でロックオンする!
アンの身体が軽く浮いた!
その瞬間!
ドドドドドドドドド!
「てめえの相手は俺様だろうがあ!よそ見するんじゃねえ!」
猛烈な勢いでジャーバルが詰めてきてシリウスさんに大槌を振り下ろそうとする!
しかし、シリウスさんは冷静に大槌の軌道を読み…ギリギリのところで躱し、ロックオンしたアンをそのまま空に落とそうとする!
「(さすがシリウスさんだ、勝負あった!)」
思わずそう考えるイチ。
ならばこちらはジャーバルを牽制したあと、残敵を削りつつ探索を…!
と思った瞬間に気づいた。
ジャーバルの大槌が禍々しい圧を放ちながら赤銅色に輝いている事に。
ゾワッと冷や汗が噴出する!
「シリウスさん!その大槌を弾き飛ばして!」
自分の大声が聞こえたのかシリウスさんがロックオンを解除して『重力制御』を防御に使う!
大槌はシリウスさんから大きく逸れて…地面を穿つ!
その瞬間
地面が爆発した!
ドッガアアアアアアアアアン!
爆発で吹っ飛ぶシリウスさん!地面を転がり…そのまま気絶したのか動かなくなった!
「あの大槌…たぶん爆発系の魔法か何かが、かけられている武器だ!」
倒れてるシリウスさんを見て、ジャーバルが追撃を加えようとしてくる!ヤバい!
「フォレスタ!」
「わかってる!」
即座にフォレスタが弓矢でジャーバルの頭を撃ち抜こうとする!が、弓を構えた瞬間にフォレスタの方にアンの放った火炎球が飛んできた!慌てて建物から飛び降りるフォレスタ!その直後にフォレスタの立っていた建物が火に包まれる!
「『アクセル255』発動!」
心拍数が跳ね上がる!
視界がエメラルド色に変わる!
脚が2本、4本、8本…16本にと増えていくような超感覚!
エリト探索もくそもない!ここで出し惜しみしたらシリウスさんがやられてしまう!
勢いをつけて一本の矢のようにジャーバルに真っ直ぐ突っ込む!
「やらせるかああああああ!」
力を込めて翠亀剣を握り、ジャーバルに切りつける!ジャーバルは不意の超加速の攻撃に慌ててバランスを崩して倒れこんだ!
よし!脚が止まった!
「邪魔するか小物!ならお前から吹き飛ばしてやる!」
ジャーバルは激昂してターゲットをこちらに変えた!
殺意に満ちた瞳で大槌を握りしめた!大槌が赤銅色に輝きだす!そして…
超高速でこちらに振り下ろしてきた!
「(速い!躱せない!)」
ガキーーーーーーーーーーーーン!
なんとか切り払う!が…
「(直撃は防いだ!が…腕が…痺れて…!折れるかと思った…!)」
そして大槌はそのまま地面に吸い込まれる!
「(ヤバい!爆発する!)」
ドスン
しかし大槌は地面に刺さっただけで何も起こらない
「え?」
「なんだと?」
ジャーバルの大槌からは赤銅色の輝きは失われており…鈍い灰色の鉄の色になっていた。
逆に翠亀剣が緑色に光ってる。
「(そうか!この剣は魔法そのものをかき消す魔法が付与されていた!)」
ニヤリと笑い…ジャーバルに向き合う。
「なんだ!その剣は!」
慌ててジャーバルが距離を取ろうとする!
「逃がすものか!」
逃げるジャーバルに対して全力で距離を詰める!
「(俺の力でジャーバルに勝つことは難しいかも知れないが、この大槌を破壊してしまえば勝機はある!)」
膝に力をこめて地面を蹴り、追いついた!
「その大槌!貰ったあああああ!」
「やめろおおおおおおお!」
翠亀剣を大槌に振り下ろす!
その瞬間
「お前は厄介だな、俺が相手してやる」
ドゴッ!
素早くアンが飛び込んできて蹴りを入れてきた!ガードはしたが、あまりの一撃の重さに吹き飛ばされ地面を転がる!
すぐに起き上がって反撃しようとした瞬間
アンの拳が目の前に迫っていた。
「意外か⁈世の中には動けるデブもいるんだぜ⁈」
パンチ!蹴り!火炎球!畳み掛けるような連続攻撃!
たまらずバックステップして距離をとる!
「(強い!だが距離をとればフォレスタが狙撃してくれる!)」
そう思って振り返ると…
背の低い竜人が小刀を握りしめ、チーターみたいな速さでフォレスタに接近していた。
そしてそのまま小刀を振るおうとする!
「援護する!フォレスタ!伏せろおおおおお!」
振るわれる小刀!
慌てて伏せるフォレスタ!
その瞬間に翠亀剣がフォレスタの頭上を通過して、背の低い竜人に襲い掛かる!
背の低い竜人は翠亀剣を跳んで躱し、そのままグルっと駆け抜けてアンと合流した。
こちらもシリウスさんを庇いながら引きつつフォレスタと合流する。
「チョビ、なに外してるんだ」
「アンこそ…ちゃんと引き付けろよ…しかしあの勇者…カンの良い色男だぜ」
アンとチョビと呼ばれる竜人兵が、言い合いながらこちらを見ている。
「フォレスタ!ケガはない!」
「軽く切られたけど…大丈夫!かすり傷だから!」
危なかった…
見た所フォレスタは本当にかすり傷だった。カッターナイフで軽く切ったくらいの傷口で、これなら大丈夫だろう。
そう思った瞬間に気づいた。
チョビと呼ばれる竜人の小刀が赤銅色に光っている事に。
サーーーーーッと血の気が引く!
「フォレスタ!あれたぶん魔法の武器だ!本当に大丈夫か⁈」
フォレスタは慌てて傷口を確認するが…大丈夫そうだった。しかし…
「大丈夫…ただ…」
「どうした⁈」
「ボク、あの小刀の攻撃は完璧に躱したんだ。でも気が付いたら切られていた…まるで見えない小さな刃が飛んできたみたいに…」
え?と思ってチョビと言われる竜人を見た。
チョビは小刀を見ながら「しまったな」という顔をしている。
「あー…手の内バレたなこれは。アン、あとは任せるわ」
「ああ、下がってて良いぞチョビ」
そう言うとチョビと言われる竜人は素早く後方へ走り去った。
「待て!逃がすか!フォレスタ!アイツを狙撃して…!」
と言った瞬間見たのは、青ざめたフォレスタの顔だった。
「ごめん…弓の弦…切られちゃった」
「なっ⁈」
そして気づいた。雨あられのように降っていた援護の矢が止まっている事に。
見ると、森の民の戦士たちが、いつの間にか弓の弦を切られていたことに気づき慌てふためいていた。
ニヤリと笑うアン。
「じゃあ、第二幕といこうぜ色男」
メタボ竜人がファイティングポーズを取った。他の竜人兵たちも邪悪な笑みを浮かべてる。
そして…
満足げな顔をしたジャーバルがゆっくりと赤銅色に輝く大槌を構えて近づいてきた。