36-夜戦
「グウオオオオオオオオ!ロセエエエエ!」
竜人兵たちの叫び声が響く。
殺意の塊の荒くれものたちの声だが、ゲームとかで聞いた事があるような竜の咆哮も混じってる。
扱いは一応、人なのだが『捕食者』の怖さがある。
普通の人は聞いたら一瞬で戦意を喪失してしまうだろう。
「いいか!絶対に一対一で戦うな!力は向こうの方が上なんだ!」
長が叫ぶ…が、見張りがいたとは言え、夜襲をかけられたので、森の民の戦士がすぐには上手く連携できずに一人、また一人と吹っ飛ばされていく。
それを見ながら思わず心の中で毒づいてしまう。
「(先日のベラーとの戦いもキツかったけど…!)」
速い!強い!怖い!
竜人兵はパワーだけでなく知性もある。いや、来ていた大半の竜人兵は大暴れメインの脳筋っぽいのだが、さっきの会談の時にいた5人ばかりの少しばかり知性がある竜人たちが脳筋竜人たちを指揮して森の民の戦士たちに連携させないように『相手の嫌がる戦い』をやらせている。
「(頭ではわかってるつもりだったけど…野生動物とは全然違う!悪知恵のはたらく連中の指揮が入るとこんなにキツいのか!)」
さらに後ろにはジャーバルが控えており、大きな槌を振って集落の入り口の見張り櫓群を吹っ飛ばしている!まずい!止めなきゃ!
意識を集中して脳内でスイッチを入れようとする。
「アクセル255…」
「イチくん、まだ使うな」
気がついたら後ろからシリウスさんが近づいてきていた。そして指示を出す。
「マムリ、ジルコン、足止めを」
「わかったワ」
「ガハハ!任せとけ!」
そう言うと、ジルコンさんは両こぶしを自身の目の前でくっつけたあと、
「コツ、コツ、コツ」
ノックするかのように3回叩き両手を大きく広げたあと…叫んだ!
「開け!『大貨物船』!」
そう言うと…ジルコンさんの頭上から大量の水が飛び出してきた!
「俺っちの祝福は、沢山の荷物を仕舞っておけるんだ!武器だろうが物資だろうが大量の水だろうがな!便利だろ!ガハハ!」
そう笑うジルコンさん。なるほど!さっきマムリ姐さんが「池の方には行った⁈」とか言ってたのはこれか!池の水をためておいたのか!
「じゃあジルコン!貰ってくよ!『水三体』!」
マムリ姐さんはそう叫ぶと、飛び出してきた水に触れ、そこから氷の棒を生成すると、その棒で大量の水を綿菓子のように巻き取り、鞭のようにして竜人兵に振るった!
しかも只の鞭じゃない!ジグザグに飛んで狙った敵を追尾していく!
そしてその水の鞭に触れた竜人兵は瞬時に凍り付く!先頭の竜人兵3人ほどがバタバタと倒れる!
二人の祝福の威力を見た竜人兵たちがビビって足が止まる!
それを見た小隊長たちが叱咤する。
「バカ!足を止めるな!進め!…うっ!」
シリウスさんが指揮官5人を素早く指さした。
そしてロックオンされた指揮官が…浮き始める!
「…捕えたぞ。トカゲども…空に…落ちろ!」
シリウスさんが天に向かって勢いよく人差し指を突き上げた!
「うわああああああああああああ!」
そのまま竜人兵の指揮官5人は空中に向かって落ち始めた!
そして空中100mほどで停止する!
「自由にしてやろう」
そう言った後、シリウスさんが指を下方に向けた!
「…え…⁈うわああああああああああああ⁈」
そのまま竜人指揮官は今度は地面に向かって落下!
地面に叩きつけられ、動かなくなった!
「な…なんだと⁈」
ジャーバルが呆然としてうめく。
一瞬で小隊長が全滅した。ジャーバルも竜人兵たちもビビり…後ずさりする。
そしてその間に森の民の戦士たちは守りの態勢を完成させた!
「一人も逃がすな!」
長の号令の下、森の民の戦士たちが竜人兵たちに矢の雨を降らせる!
一連の流れを見ながら思わず唸ってしまう。
「すげえ…あっと言う間に形勢が逆転した…」
兵士相手の集団戦は初めてだ。
でもさすが王様たちは違う。経験値がある。正直いてくれて助かった。
いや…それだけじゃない、王様たちの手持ちの祝福も使い勝手がめちゃくちゃ良い!
「祝福なしでも強そうな人たちだと思っていたけど…祝福あったら無敵だな…圧勝できるかも…」
一瞬そう思った。
しかしシリウスさん達は少しも油断していない。
見ると竜人兵たちは体格が良いだけあって、矢の雨を浴びてハリネズミになりながらも、すぐには絶命していない。
血みどろになりながら盾を構え…じり…じり…と前進してくる。
「(なんて体力だよ!)」
思わず恐怖した、気がついたら膠着状態だ。
しかし、矢の雨により…竜人兵は一人、また一人と倒れていく。
敵の前線が下がり始めた!
それを見てまずいと思ったジャーバルが、矢の雨をものともせずに大きな槌を持って突撃してくる!
咆哮しながら建物を壊し真っ直ぐ前線をぶち破る!森の民の戦士たちが吹っ飛ぶ!
まるで重戦車だ!
それを見たジルコンさんとマムリ姐さんが飛び出して迎え撃つ!
そして、シリウスさんは…
周囲を念入りに警戒していた。
「ギラードはいないようだな…これなら勝てる」
シリウスさんは、ゆっくり力を溜め始める。
「ジルコン、マムリ、代わろう。私はここでジャーバルを仕留める。二人は残りの竜人兵を全滅させてくれ」
そしてシリウスさんがこちらを見た。
「イチくんたちは…」
「わかってます」
翠亀剣を周りに向けて刀身を見る。どこかでエリトが仕掛けてくるはずだ。フォレスタは近くの建物の屋根に上り、弓矢を構えている。
「イチ、エリトは⁈いる⁈」
「探してるけど…いない…リコは⁈」
「社長たちを避難させてからこっちに来るって言ってた。そちらには森の民の戦士たちがついてくれるから大丈夫よ。それより…」
「わかってる。エリトは必ず仕掛けてくる!見つけなくては」
そのまま二人がかりで周囲を警戒する。
が…エリトの姿はどこにもなかった。
その時、ジャーバルが苦戦しているのを、少し離れた所で眺めていた3人の影があった。
エリトと…カンテラのような物を持った横に太い竜人と機敏そうだが背の低い竜人の二人組である。
3人は戦いを見ながらため息をついていた。
「だからドラフト1~3位には注意しろと言ったのに…こりゃ負けるな…アン、チョビ、助けに行ってやれ」
「俺達に命令するんじゃねえ!」
エリトが言うと、背の低いチョビと言われる竜人が反抗した。
「でもこのままじゃジャーバル様やられちまうぜ?本来の目的が達成できなくなるけど良いのか?ギラード様の怒りを買いたくはないだろう⁈」
エリトが返すと、チョビは忌々し気な顔をする。するとアンと呼ばれる太った竜人が不満な顔をしながらエリトに言う。
「…そういうお前は助けに行かないのか?」
エリトはニヤニヤしながら返す。
「俺はギラード様に命じられた仕事があるんでね♪まあそっちは頼んだよ!仲良くやろうぜ!アンチョビ!」
そう言うとエリトは両腕をクロスして、そのまま姿を消した。
「その呼び方やめろ!お前が言うとなんか腹が立つ!って、もう行ったのか…くそ…仕方ねえ…いくぞ…アン」
「チッ…クソが」
アンとチョビと呼ばれた二人はそう言うと、持っていた小さなカンテラのような物を地面に置き、物陰から飛び出し…ジャーバルに加勢した。