30-竜人たち
フォレスタと集落の広場に戻ったら、何やら様子がおかしい。
大宴会をやっていたはずなのに、妙に静まり返っている⁈
何かあったのかと見回していたら、こちらに気づいたリコが駆け寄ってきて、慌てた様子で伝えてくれた。
「イチ様!お姉さま!大変です!竜人たちが乗り込んできたんです!」
「なんだって⁈あっ⁈フォレスタ⁈」
聞くや否やフォレスタが長の館に向かって走りだした!
駆けて行った方向を見ると…館を50人くらいの竜人たちが取り囲んでいる!
「待ってくれ!フォレスタ!俺も行く!」
「私も行きます!」
フォレスタが駆けていった後を慌ててついていく。いよいよ勇者狩りがここまで来たか⁈それともなにか別の面倒事があったのか⁈そんな事を考えながら駆けつつリコと話をする。
「リコ⁈何があったの⁈もしかして…遂に竜人が攻めてきた⁈」
「いえ…今回は攻めてきたわけじゃないのですが…でも、そうなってもおかしくないかも…なんでも、竜人たちが言うには、森の民が重大な違反行為をしたから賠償しろと長を責め立てに来てるみたいで…」
「違反行為⁈」
そう話しながら駆けていたら、館近くまで来た。
フォレスタを更に追いかけようとしたら、社長やエルマさんたちに声をかけられて、裏口から入るように言われる。
「事情は分からないけど勇者である我々は姿を見せない方が良いだろうからね。我々の事は既にバレている可能性はあるが…」
「でもなんか今回は別件みたいよ。竜人のチンピラたちがクレーマーみたいなヤジ飛ばしてる」
先に来てた社長たちが教えてくれた。なるほどなんかガラが悪そうなヤジも聞こえる。
ただ、相手は竜人だが。
館の周りにいる連中は武装した筋骨隆々の竜人の兵士たちだ。
腕も首も太くてどいつもこいつも強そうで、戦うことに慣れている感じがする。
能力的には武器の使えるベラー。中身は兵隊やくざという感じだ。
明らかに戦う相手としては一ランク上の相手だ。
見つからないように、大広間の裏側の部屋、長と竜人の交渉が見える位置に移動する。ここなら全体が見渡せそうだ。そして改めて見ると、かなり激しくやりあっているみたいだ。
「だから!その件は、我々は被害者なんだ!」
「そうはいかん、あの大宝イノスは我々の大事な家畜なんだ。それを勝手に狩った責任は森の民にある。それ相応の白金貨を払ってもらわないと、我々も引けない」
あのバケモノ大宝イノスが竜人達の家畜⁈…どういうことだ⁈確かに、あの大宝イノスは何かおかしな生き物だったが…あれのせいでこちらは大被害を受けているんだぞ⁈
「(自分たちの家畜なら、むしろこちらに賠償しろよ!何言ってるんだ竜人共!)」
頭に血が上る。すると、聞いた事がある声が聞こえてきた。
「まあまあ♪ジャーバル様も長も、落ち着いて下さいよ!詳しい話は自分がしますので!」
「(…この声…まさか⁈)」
物陰からそっと様子を伺うと…竜人達の中にエリトがいる⁈
「(エリトが…いる⁈どういう事だ⁈)」
「(わからないが…ロクな事ではなさそうだね…もう少し様子を伺ってみよう)」
青ざめた自分を、社長が落ち着いた声で諭してくれた。
そうだ、落ち着いて状況を確認しよう。
大広間の中には…長と竜人達とエリトが会談している。その中でも一際目を引くのがジャーバルと呼ばれている体格の良い竜人だ。豪華な金色の装飾の鎧を纏い、腕組みしながら周囲を威圧する空気を醸し出している。明らかにコイツが隊長格だ。その周りには5人ばかりの、少し知性はあるが荒くれものみたいな態度の悪い竜人達がいて、その側には会話を記録している書記官みたいな細身の竜人がいて、そいつらが長を取り囲んでいる。
大広間から外に出る扉や窓は開け放たれていて、その向こうには…50人くらいの竜人の兵士が、やんややんやとヤジを飛ばしているのが見える。一応、長の後ろにも、何人か森の民の戦士が控えているのだが…この戦力差では竜人たちが暴れ出したらひとたまりもないだろう。その中にフォレスタが混じって気丈に竜人たちを睨んでいるのが見える。
そんな中、長がエリトに声をかける。
「君が詳しい話をしてくれるとの事だが…どうも君は人間…いや…異世界から来た勇者の一人のように見えるのだが⁈」
「これはどうも!森の民の長!私はカーフ領の勇者、エリトと申します。色々あって、自分とカーフ領は竜人達に協力する事にしました!いえいえ?我々は決して人間側を裏切ったわけではないですよ⁈ただ…不幸な行き違いがあるといけませんから、この自分が双方の橋渡しをできたらと思いまして!不肖ながら私がここに参りました!」
「(なっ…⁈エリト…!アイツ竜人側についたのか⁈)」
思わず大声を出しそうになるのを抑える。
するといつの間にか近くに来ていたシリウスさんが厳しい目をしながら小声で呟く。
「(エリトは勇者連合から外したが…こんなにあっさり敵側につくとは…しかし…竜人たちがそう簡単に人間…ましてや勇者を仲間にするとは思えない…何か思惑があるのだろうが…どうやって⁈)」
シリウスさんは不思議そうな顔をしていたが、自分はなんとなく想像ついた。
「(アイツならやれるかもしれない…)」
エリトは周りの力関係を読んで、素早く強い奴について、上手く立ち回る「カースト上位のイヤな奴」だ。その世渡りの上手さは天才的だった。シリウスさんに破門されて、そのまま孤立するかと思いきや、すぐに別の勢力を見定めてそちらについた訳だ。しかしアイツは、敵…というか人外の懐にまで飛び込めてしまうのか⁈
「エリトは人間にしては話せるし、何より使える奴でな、ま…我々も役に立つ内は信用してやろうと思ったわけだ。エリト、交渉を纏めてみろ」
「もう!ジャーバル様ってば!自分をもっと信用してくださいよ♪なにせ自分!信用されると益々使える奴になるんですよ♪この自分をもっと使える道具にしてやって下さいよ!ジャーバル様!」
「まったく!調子が良いな!エリトは!グララララ!」
ジャーバルとやらが豪快に笑っている!…完全に懐に潜り込んでる…なんてコミュ力だ…。
呆然と眺めているとエリトが話を続けた。
「え~と…じゃあ改めて。森の民が仕留めた大宝イノスは竜人様たちの家畜だという話はしましたよね⁈」
「ああ、した。だが森の中の宝イノスは基本野生のものしかいない。気性が荒すぎるし畑を荒らす害獣で家畜化は無理だ。だから見つけたら討伐して良い決まりのはずだが⁈それに宝イノスは宝を集める習性もあるが、宝イノスの討伐は大変だから、宝袋から出た宝は褒美として仕留めた者が総取りして良いと竜人たちも認めているはずだろう⁈」
エリトの問いかけに長が答える。するとエリトは「いやいや?」という顔をしながら続ける。
「いやいや!たしかにそうなのですが…実は竜人様たちは、最近、宝イノスの家畜化に成功していまして!そいつは見た目は同じでも、明らかに普通の宝イノスとは大きさも強さも段違いで…人間には食肉に適さないような明らかに他と違う大宝イノスだったはずで…なにか竜人様たちに一言あっても良かったとしか思えない別種の生き物だったと思うのですが⁈」
何言ってるんだこいつ⁈と思いながら、はっとなって今日仕留めた大宝イノスを思い出す。確かに色々な意味でヤバい相手だったし、肉は臭く悪い物だった。森のヌシだからあのサイズだったと思っていたけど…本当に人為的に作られたものだとしたら⁈
「仮に…あの大宝イノスが竜人達の家畜だったとしても…何故、そいつが我が森に放されている⁈グミルの森は森の民の領だぞ⁈」
「いやいや!それは不幸な事故がありまして♪グミルの森の隣に、人間がいなくなって、やむを得ず竜人様方が治めている荒れ地があるじゃないですか!そこで飼育していた大宝イノスがどうも、そちらの森に侵入したらしくて!まあそれは、こちらの手落ちではありますが…別に殺す必要はなかったですよねえ⁈竜人様方に言っていただくか、上手く荒れ地の方に誘導していただければ良かったワケで…と、なると…ねえ⁈」
何から何まで無理矢理な理屈を、詐欺師みたいな口調で語るエリト。そしてそれを聞きながらニヤニヤしている竜人たち。なんて勝手な!これが竜人か!
思わず文句を言いに出そうになったが抑える、すると、森の民の中にいたフォレスタが前に出た。
「勝手な事を言うな!あの荒れ地…元ミーア領はかつては緑豊かな牧草地帯だったんだ!お前らが税金の名目で次々と人間を連れて行って人がいなくなったのをよいことに、変な猛獣や家畜を放って誰も近付けなくして結果的に荒れ地になったんじゃないか!そもそもお前らが十分な餌を用意しないから!お前らの家畜がウチの森に来たんじゃないのか⁈それに…」
フォレスタはエリトたちを睨みつけながら続けた。
「あの大宝イノスは何か変だった!アイツに追い立てられるかのように大量のベラーが集落に侵入してきて、大暴れしてこちらに甚大な被害が出た!あの大宝イノス…お前らが意図的に集落を襲わせるように仕向けたんじゃないか⁈」
「それは…単なるあなたの感想ですよ?何か証拠でもあるんですか⁈」
エリトが悠然と返す。怒りで顔を真っ赤にするフォレスタ。
それを見たジャーバルが笑いながら前に出る。
「グラララララ!…エリト、その辺にしてやれや、お姫様が可哀そうだろ⁈でも…もっと可哀そうなのは俺達の大宝イノスちゃんだ!あんなに可愛いのに!殺されて…宝も奪われて解体されてしまった…せめて賠償して貰わないと格好がつかん。賠償加算で税金は白金貨20000枚だ…交渉はしない、払うもの払って貰う。もし払えなければ…」
「きゃあああ!」
ジャーバルがフォレスタの腕を掴んで持ち上げる。悲鳴を上げるフォレスタ。そしてジャーバルは長の方を見ながら言い放つ。
「前からの交渉にあった通り、払えなければ、この娘を金持ちに売って金を作れ。まあそうなったら森の民には跡継ぎがいなくなるから…なに…悪いようにはしない。竜人が責任をもって統治してやる。この森はお前ら人間には過ぎた土地だからな!」
「娘を離せ!このトカゲどもが!」
憤怒の表情で武器を取る長。森の戦士たちも身構える!
竜人たちがニヤニヤしながら「お?やんのか⁈」と武器を取った!まずい!一触即発だ!
「まあまあ!そうならないために自分がいるんですよ!ジャービル将軍!ここは抑えて下さいな♪」
エリトがニヤニヤしながら仲裁する。…って将軍⁈小隊長レベルかと思っていたら相当な大物じゃないか⁈
「税金や賠償は双方冷静になってからじゃないと話が進みませんよ!ここは一つ!まずは、竜人様の可愛い大宝イノスを殺した犯人を差し出してもらって一旦引きましょうよ!なにせこちらは将軍クラスが出てきたんですから!器の大きい所を見せましょうよ!長もこちらのメンツを立ててくれますよね⁈どうですか⁈」
な⁈エリト⁈何を言い出すんだ⁈
そう思っていたら、フォレスタが叫んだ!
「あのクソ大宝イノスを仕留めたのはボクだ!森の民の長の後継者として害獣を退治しただけだ!文句あるか!」
それを聞いたジャーバル将軍がニヤーと笑う。マズい!
「ほう…それはそれは…連れて行く口実が出来たな!だがそうなるとお姫様扱いはできないな…少々痛い目をみてもらうぞ⁈」
「ああああああああ!」
フォレスタの腕を捻り上げるジャーバル将軍!こ…この野郎!
飛び出そうとする自分をシリウスさんが抑える!
「(私がなんとかする、イチくんは隠れているんだ!)」
「(いや…!でも!)」
そんな中、エリトが軽やかに仲裁に入り、森の民の皆に語り始めた。
「まあまあ!将軍!ここは抑えて!いやー…自分には、こんな細いお姫様に大宝イノスが仕留められるとはとても思えないんですよ⁈ねえ?森の民のみなさーん⁈良いんですか⁈あなた方のお姫様が連れて行かれちゃいますよ⁈本当は真犯人を知っているんじゃないですか⁈」
「(イチくん!抑えるんだ!)」
シリウスさんがたしなめてきた!
「(わかってますよ!こんな分かりやすい罠にかかるワケには!でも…!)」
歯を食いしばって耐える!その瞬間!
エリトの目を見てしまった。
長や森の民全体を見ているようなフリをしながら…エリトの目はハッキリと、自分の隠れている所に向かって嘲りの視線を送っていた。
「(出て来いよ⁈イチ⁈このお姫様がどうなっても良いのかい⁈)」
そう目で語っていた!クソオオオオオオ!やはり最初から気付いてやがったな!
「(すみません、シリウスさん…)」
「(ダメだ!イチくん!)」
「俺にも…男の矜持があるんです…」
そう言いながら、大広間にゆっくりと歩いていく。
そして竜人達の前に出て言い放つ。
「あの大宝イノスを仕留めたのは俺だ!その汚い手を放せ、トカゲ野郎!」
いよいよ竜人たちと直接対決する時がきた。