25-特訓2
まずは剣技『薙ぎ払い』の特訓が始まった。これは意外となんとかなった。
なにせ、目の前でシリウスさんが見本を見せてくれるのだ。
上達の秘訣は上手い人の動きを真似る事だから、かなり参考になった。
夢の中で見た勇者オリオンの剣さばきと、目の前のシリウスさんの全身の動きをトレースする。
剣を身体の中心に構え…刃を顔に近づけ…2秒ほど力を溜める…。
だんだん剣圧が数倍に増してくるような感覚が刀身から伝わってくる!
「よし、良いぞ!イチくん!その調子だ!」
身体の中心から剣先までエネルギーが通った感じがする!今だ!
「でやああああああああああああああああああ!」
溜めた剣圧を開放するかのように横に薙ぎ払う!炎のような緑色の衝撃波がほとばしり、的代わりにしていたシリウスさんが作った泥人形3体が高圧洗浄機にブチ当てられたかのように砕け飛んだ!
おおおおお~!パチパチパチパチ
歓声と拍手が沸き起こる!シリウスさんが嬉しそうに握手を求めてきた。
「素晴らしい!これなら竜人たちとの一対多数の戦いでもなんとかなるだろう!宝イノス狩りだって楽になるぞ!これは…すぐにイチくんに抜かれてしまうかもな!ははは!」
「何言ってるんですか!俺は2~3体がせいぜいですけど、シリウスさんは10体は倒せるじゃないですか!とてもかないませんよ!」
「いや、君には『アクセル255』がある。それを併用すれば私と同じくらいは戦える!自信を持って良いぞ!」
シリウスさんにそう言ってもらえるのは嬉しいけれど『薙ぎ払い』が使えたのは俺の実力じゃない。長が剣を鍛え直してくれたからだ。以前の剣のままだったら使う事なんてできなかっただろう。本当に運が良かった。
(状況は悪いのになんとかなっている…本当に俺は色々な人に助けて貰っているな…。少しでも早く戦力になって皆の助けにならなくては…)
でも少なくとも剣技ではギリギリ及第点の戦力にはなれそうだ、とも思った。
問題は『重力制御』だった。
教えてもらえばもらうほど分かる。自分は『なんとか使える』だけであって『使いこなせる』わけではない。たまたま適性があったからなんとなく理解できているけど、シリウスさんの力が300だとしたら、自分はこの能力を極めても10いくかどうかも怪しい。
「これはシリウスさんの祝福で、他の人が使いこなせるモノじゃないです!正直この時間で他の特訓をした方が良いと思います!」
そう伝える。でも、シリウスさんは頑として譲らず
「必ず役に立つ。力の使い方だけは身につけてくれ」
そう言って何度も『重力制御』の練習を繰り返させた。
慣れてないからすぐに疲労で倒れる。その後はリコと社長による回復。コレを繰り返した。
その甲斐あってか夕方には泥人形が作れるようになった!
20センチくらいの泥団子に手足が生えたような不格好なものが…。
リコは「かわいいかわいい♡」と喜んでいたけど…俺は出来上がったものにゲンナリして
「なんとか作れるようになりましたけど…俺にこれ以上の伸びしろはないですよ⁈」
と、シリウスさんにぼやいてしまう。しかし…
「いや、これで良い。イチくんは本当に呑み込みが良い!期待以上だ!」
そう言って喜び、その後「安心した」と言わんばかりのホッとした顔を見せた後、こう言った。
「私の特訓はこれで終わりだ」
「え⁈良いのですか⁈って言うかなんの特訓だったんです⁈これ⁈」
驚いて、そう尋ねると
「いずれわかる」
ただ一言、そう言った。そして…
遠くを見ていた。
「(…シリウスさんに考えがあるというなら信じるけど…一体どういうつもりだろう⁈)」
なんとなく、この件に関して、シリウスさんは語ってくれない気がした。
ぐううう…
そんな事を考えていたらお腹が鳴った。考えたら、特訓を始めてからまともに食べてない。社長も頃合いだと思ったらしく提案をしてくれる。
「イチくん、とりあえず食事にしよう、腹が減っては戦はできないからね」
「イチ様!今日は私が弁当を作ったんですよ!」
待ってましたとばかりに、リコがカバンから手作りの弁当を出した。パンシャリカン(宝イノスの塩漬け肉や野菜を挟んだサンドイッチ)だ!ありがたい!思わず大喜びでかぶりつく、美味い!
「ありがとう!美味しいよ!リコ!」
「えへへー」
頬を染めて可愛くはにかんだ笑みを浮かべるリコ。疲れていたけど、この笑顔を見たら元気が出てきた!
よーしもう一息だ!
「まあ、イチャイチャしちゃって!でもそれだけ元気なら大丈夫ネ!食べ終わったらアタシとジルコンの特訓ヨ!水魔法の奥義をみせてあげるワ!」
「ガハハハッ!今なら俺っちのパワーに耐えられる筋トレもこなせそうだな!よく食べて良く休んだら鍛えてやるからな!」
体育会系の部活の先輩みたいな圧をかけながらニッコリ笑うマム姐さんとジルさん。
ひええええ…食事が終わったら、ドラフト2~3位の勇者の特訓もあるの⁈すみません調子に乗りました!勘弁してください!
顔面蒼白になりながら、そんな事を考えていたら…
「少し話をしようか」
シリウスさんが優しく微笑みながら隣に座ってきて、話しかけてきた。
「イチくん…君は何を望んで、この世界に来たんだい?」
「あ…はい。俺の…姉の…子供が死産したんです…なんとか助けられないかと思って…そのあと続けざまに不幸が起こって…困り果てていたらドラフトにかかって召喚されました」
シリウスさんに、自分の身の上を…元の世界の事を話した。
すると、シリウスさんは「そうか…」と言う顔をした後…自分の世界の話をしてくれた。
「私の元いた世界は、場所によって重力が10倍は違ったり、低い所から高い所へ水が流れる所があったりと、重力がめちゃくちゃな世界でね…私はその世界の王だったんだが、統治には本当に苦労した。民がどうしたら楽に暮らしていけるんだろうか…『重力が自由に操れたら良いのに』そんな事ばかりを考えていたよ」
え…それって…⁈そう考えていたら、シリウスさんは、こう続けた。
「私が思うに…この世界における『祝福』は、召喚された勇者が心の底で望んでいたものが与えられるのではないか⁈と考えている。マムリもジルコンもそうだ」
「そうヨ、私は水の国の女王なんだけど、水害にいつも悩まされていたワ…『水を自由に操れたら良いのに』といつも思っていたわネ」
「俺っちも山奥の小国の王さ!とにかく俺っちの国は辺鄙な場所にあって、整備しようもないくらい道が荒れていてな…沢山物資を輸送できたらなあといつも夢想していたな!ガハハ!」
言われてみれば、カセーツさんも、どぶろくさん達も、自分の欲しい祝福を得られている気がする。
じゃあ俺の『アクセル255』も俺自身が望んだ祝福なんだろうか…。欲しいのは姉の子供を助ける力だったのに…いや『アクセル255』のおかげで何度も命拾いしてるけど!
それと超能力漫画を読んだ事があるからわかるけど、自分が今やってる泥人形作りって重力を操るというより『念動力』ってやつの方が近いんじゃないのだろうか?そう質問したら
「その通りだよ。正直、本当の意味での重力制御は君には使えない可能性が高い。だが物を動かしたり、泥人形を作ったりとかの念動力は使える可能性がある、これは後々君の助けになるはずだ。それに重力制御が使えなくても『理解』していれば念動力の精度は上がる。いつか重力制御も使えて欲しいと思っているが、最悪使えなくても良い。ただ今は『理解』してくれれば良いんだ」
そう答えてくれた。とても真剣な瞳で。
正直理解できない事もあるけど…そこまで言うなら、もっと学んでみるか…。
そんなやりとりを続けていたら、遠くから自分を呼ぶ声がした。振り返るとフォレスタが走ってくるのが見える。
「見つけた!イチ!あれを見て!」
フォレスタが森の上の方を指さしている。指さされた方をよく見ると、青色と紫色と黄色の狼煙が上がっている。
「あれは…何?」
「さっき、森に向かって行ったゲス郎に連絡用に狼煙玉を渡したんだ。あれはゲス郎からの緊急連絡だよ!」
「狼煙玉⁈」
「ベラ―の糞と虹藁を混ぜて作ったもので、打ち上げると、いろんな色の狼煙が上げられる玉なんだ!青色は『獲物』で、紫は『大』、そして黄色は『助けを求める』なんだよ!」
「…って事は?」
「きっとゲス郎が凄い大物の宝イノスを見つけたんだよ!でも一人じゃ捕まえられないから助けを求めてるって事さ!」
こんなヘトヘトの時にか!と思ったけど…大物の宝イノスか!白金貨稼ぎのチャンスだし、特訓の成果を試せるかも!
「大物の宝イノス⁈なら我々も手伝おうか⁈」
ありがたい事にシリウスさんが援軍を申し出てくれた。しかし、宝イノス狩りは俺とフォレスタの約束だ!
「あ、いえ⁈特訓の成果も試したいので!自分たちだけで大丈夫です!行こう!フォレスタ!案内してくれ!」
そう格好良く言い放って森に向かって走り出す!
その瞬間!
ドゴッ!ドゴッ!ドゴッ!
森の奥から砲弾みたいに次から次へとベラ―が吹っ飛んできて次々と集落の中へ転がってゆく!起き上がった手負いのベラー達は怒りの咆哮を上げている!突然の猛獣の出現に集落は大パニックだ!
そしてその後に!
バキバキバキバキバキ
グオオオオオオオオオオオオオオン!
大木が折れるような音と、明らかに大サイズの…宝イノスの怪獣みたいな咆哮が森の奥から聞こえてきた。
「我々も手伝おうか⁈」
シリウスさんがもう一度聞いてきた。
「お願いします…」
思わずそう呟いてしまった。