24-特訓
集落の外れに行ってみると、シリウスさんとマムリさんとジルコンさんのドラフト1~3位組の三人が待っていた。いや、よくみると社長とリコ、森の長のバスクさんもいる。
俺を見つけるとシリウスさんが声をかけてきた。
「来たねイチくん。じゃあ、君を鍛える。準備は良いかな⁈」
「それは…ありがたいのですけど…この大所帯は一体⁈」
思わず尋ねると、リコと社長が答えてくれた。
「私とリコはイチくんの回復サポートらしいよ」
「バスクおじ様はイチ様に剣を届けに来たそうです!」
え?と思って長の方を見ると、先日、挨拶に行った際に、鍛え直すと言って持っていかれた剣がその手に握られていた。
「剣を鍛え直した。振ってみなさい」
「あ…はい…ありがとうございます…って、あれ⁈なんか重い…⁈」
剣を受け取るとズシリと重さを感じる。元々この剣は見た目の割に軽かったので、軽量化の魔法でもかかっているのかな⁈と思っていたのだから普通の重さになったと考える事もできる。(まあ、それでも普通の剣よりは遥かに軽いのだが)
「疲弊していた剣を研いで、魔力の素を火槌で打ち込み直した。コイツは防御系の剣でその分攻撃力が低いから、補うために攻撃力を高める魔力の素も多めに打ち込んでみた。その分少し重くなっているが…まあ上手く使ってくれ」
へえ、攻撃力上がってるんだ⁈と思いながら強めに振ってみた。燃え盛る炎のような緑色の光の軌跡が出た!なるほど…重くなった分だけの攻撃力は増してる感じはする。この剣なら夢の中で教えてもらった『薙ぎ払い』も使えるかもしれない。それを見た長が満足そうに解説を続ける。
「その剣は極上の翠海石から作られた逸品だ。翠海石は暖かい海の底の生命の森を支える石で、邪悪な魔法に対して抵抗力があり、よくお守り用のアクセサリーとかに使われる。上手く使えば攻撃魔法を弱めたりする事も出来るはずだ。詳しい使い方は…」
「あ、攻撃魔法を無力化する剣は使えます。夢の中で教えてもらいました」
そう答えると、長が驚いた顔をする。それを見たシリウスさんが
「バスク殿、イチくんは私と同じく勇者オリオンに夢の中で出会っています」
そう説明してくれた。長…バスクさんは「ホウ!」と言う顔をして
「そうか!オリオンに認められたのだな!なら話そう!それは勇者オリオンのために先々代の森の長が拵えた二本の剣のうちの一本で守りの剣、翠亀剣ライタートルと言う」
おお!勇者の剣!なんかテンション上がる!…ってもう一本あるの⁈
「もう一本は黒虹彩剣オブアイリス、攻撃に特化した呪いの剣で、オリオンにしか使いこなせない。竜人たちを追い詰めたのもこの剣だ」
攻撃の剣と守りの剣があったのか!って事は…オリオンは状況に応じて使い分けてたのかな⁈そう考えていたらシリウスさんが説明してくれた。
「オリオンは二刀流だったんだ。彼はあらゆる剣技を使えたらしい。二刀流も両手剣も片手剣もなんでもござれだったらしいが…我々みたいな凡人には二刀流は無理だから考えなくて良い」
ひえええ…どんな化け物勇者だったんだよ、勇者オリオン!でもそうなると気になるのはもう一本の勇者の剣の行方だ。
「…えーと…黒虹彩剣オブアイリスでしたっけ⁈それは今どこにあるのですか⁈」
「オブアイリスは竜人皇との戦いで失われたらしい。呪いの塊のような謂れのある大宝玉を削り出して作った石器みたいな剣だったらしいが、もうこの世界には存在しないらしい。オブアイリスを削り出した呪いの大宝玉の残りから作られた小剣なら手に入れた、見るかね⁈」
そう言うと、シリウスさんは持ち歩いていた大きな鞄のポケットから、厳重に布に包まれていた20~30センチくらいの小剣を出した。
黒虹彩と言う名前だけあって、真っ黒な中に虹のような輝きが見える。昔、宝石の本で見たブラックオパールに似た石を原始時代の黒曜石の石器のように削った、荒々しい小剣だった。
「見た目は荒っぽいですが美しいですね。たしかにこれも俺の剣みたいに何か強い力を秘めていそうです…ちょっと触って良いですか⁈」
そう言いながら、シリウスさんの手からナイフを受け取ろうと手を近づけた瞬間
全身が総毛立った!
毛穴が開く!汗が噴き出す!だめだだめだだめだ!これは人が使って良い武器じゃない!
呪いの剣と言う異名は伊達じゃない!全身の細胞が信じられないくらいの拒否反応を示している!
「シリウスさん!これは…!これはダメです!」
「分かってる。だが今の我々の戦力ではこいつに頼らないといけない。これを手に入れてから野生動物も竜人もあまり仕掛けてこなくなった。恐ろしい剣だが、使いこなせば強い武器になる」
そういう次元じゃ…と言おうとしたら、シリウスさんは続けた。
「今から君を鍛えると言ったが、この剣は君に使わせるつもりはない。私が教えるのは剣技の『薙ぎ払い』と私の祝福である『重力制御』だ。重力制御は教えても多分ほとんど使いこなせないだろう。ただ、力の使い方だけは覚えてくれ。いずれ必要になる」
真剣な目でそう語るシリウスさん。しかし…
「剣技はともかく、『重力制御』は使えませんよ!それシリウスさんの専売特許じゃないですか⁈」
「いや、さっきの宝イノスとの戦いで、君は重力制御を使っていた、たぶん無意識だろうが」
そんなのいつ使って…と言おうとしたが思い出した。そう言えば柵を跳んで逃げようとした宝イノスがいたが、空中で何かに引っ張られたかのように不自然な体勢でバランスを崩し、地面に叩きつけられたのがいたっけ。もしかしてアレか⁈アレを俺がやったのか⁈無意識に⁈
「思い当たる節があるみたいだね、まずはやってみよう。そこにある石を動かしてごらん」
シリウスさんに言われて、あの時の宝イノスとの戦いを再現してみながら、見よう見まねで小石を動かそうとしてみる。
「あの時は…風切りのナイフで切りつけながら、空いた左手で…何かに…触ったような…」
試しに、左手を動かしてみる。石はピクリとも動かない。
「…眼球の奥に力を入れて石の周りを見るんだ。空気は液体だと思って見てごらん。」
シリウスさんにそう言われて眼球の奥に意識を集中してみる。
すると…世界が水の入ったコップを通した風景みたいに一瞬歪んだ気がした、そしてその直後、石の周りに湧き水のような小さな流れが見え始めた。
その水の流れに指を入れてみる。
すると、水の流れが変わって…石が動いた!
「出来ました!シリウスさん!しかし…難しいですね…これ」
肩で息をしながらそう答える。シリウスさんはニッコリと笑って
「慣れれば、手足のように動かせるようになる。イチくんなら使いこなせるはずだ。そして…」
シリウスさんが重力制御を使うために左手に力を入れているのが見える。やり方を見てみようと眼球の奥に力を入れてみた。すると…シリウスさんの周りに荒れ狂う激流が見える!
「うおおおおおおおおお!」
その激流を巧みに操る!…石が!土が!大河の流れに翻弄されるかのようにゴロゴロ動き、一つの形に纏まり…最後には大きな相撲取りのような体格の土人形の形に収束した!
「このくらいの重力制御を使いこなしてもらいたい」
息一つ乱さず、シリウスさんが言う。
「できるかああああああああああああ!」
俺の叫び声が集落中に木霊した。