19-森の長
「長、連れてきました。ワーミ領の姫とその勇者です」
フォレスタに案内されて、グミルの森の長と面会する。
鋭い眼光、丸太のような腕、フォレスタと同じ翡翠色の髪、への字の形に閉じられた口。
なるほど、これがフォレスタのお父さんか。頑固者のテンプレみたいな姿で、これは怖そうだ。
だけど…初対面だけどなんというか、この人の事は嫌いじゃないんだよなあ。なんでだろう⁈バイト先にいたちょっと頑固な人生の先輩方に少し似てるからだろうか?
そう思って、長の方を見ると、向こうも「おや?」という目をしている。
とりあえず挨拶をしてみる。
「ワーミ領の勇者ジュンイチ=キタダです。仲間からはイチと呼ばれております。この度は、訪問を許していただきありがとうございます」
森の長は、俺の喋る声を静かに、嚙みしめるように聴いている。
そして俺を頭の先から足先までジッと見た後に
「グミルの森の長でフォレスタの父のバスクだ。長でも、バスクさんでも、好きな方で呼んでくれて構わないよ。イチくんか…君は森で生きていけそうだな。歓迎しよう、ゆっくり休んでいきなさい」
そのように声をかけてくれた。良かった、なんとか挨拶は無事に済みそうだ。
その後に長は、俺の腰に差している剣を見ながら、寂しそうに言った。
「そうだったな…エリアルは亡くなってしまったんだったな…。イチくん、すまないが…その剣を見せてくれないか⁈」
「あ、はい」
そう返事をして、リコの方を確認する。
リコが「大丈夫です」と笑顔で頷いてくれたので、長に剣を渡す。
長は剣を一目見るなり
「だいぶ疲弊してるな…最後に俺が手入れしてから2年は経つからな。この剣は魔法がかけられてあるから軽いし、刃こぼれしてもある程度は自己修復するのだが…これは軽く研ぐべきかな…⁈いや、徹底的に手を入れよう」
そう言いながら剣を持って行ってしまった。
「あ…剣を持って行かれちゃった。ところでエリアルってもしかして?」
「私の父の名前です。父とバスクおじ様は酒飲み友達だったんです。父は身体は弱かったですけど、お酒には目が無くて…バスクおじ様に心配されていました」
リコとそんな話をしていたら、長が戻って来た。手には風と羽の意匠が彫り込まれたナイフが握られている。
「代わりにこれを使いなさい。この森ではこちらの方が役に立つ」
そう言いながらナイフを渡された。刃渡りは短いが、妙に手にしっくりくる。
そのナイフを見た瞬間フォレスタが思わず声を上げる。
「父さん…いや、長…それは…」
「なに、構わん。刃物は使われてこそだ」
長はそう言って、俺にそのナイフを振ってみるように促した。
ヒュッ
軽く振ってみたら風を切るような音がした。
と言うか、残像みたいな物が出たのだが、残像の切っ先が刃物の長さより長い。
ナイフの刃渡りは20センチくらいだけど、残像の刃先までの長さはその倍はある。
「風切りのナイフだ。早く振ると残像が出る。そしてその残像の切っ先までが切れる範囲だ。残像の部分は実刃がないから森のように障害物の多い所では使い勝手が良いぞ。ゆっくり切る分には、普通の刃渡り分のナイフになるから、果物の皮だって剥ける万能ナイフだ」
「あ、ありがとうございます!お借りします!大事に使わせていただきます!」
長の心遣いに背筋が伸びる。これは助かる!でも、こんなに良くして貰えるって事は…⁈
さっきシリウスさんたちが長に要望を告げたら路銀の半分を請求されたと言ってたから、今回、これだけの心遣いをしていただいたら…どれだけの代金を請求されてしまうのだろうか…⁈
内心怯えていたらフォレスタが長に告げる。
「長、イチが白金貨10000枚払ってくれるんだって!」
「俺は…イチくんから、金を取るつもりはない。剣の手入れもナイフを貸すのも俺の趣味だ」
そう返す長。え⁈本当に良いのですか⁈
そう思っていたら、フォレスタが蠱惑的な目で俺の瞳を見ながら続けて…
「違うよ!父さん!イチが『ワ タ シ に』白金貨10000枚払ってくれるって言ったんだ!そうだろう⁈イチ!」
そう嬉しそうに言う。こちらも慌てて
「あ、はい!娘さんには危ない所を助けていただきました。礼として払うと約束してます!出世払いですが…」
啖呵を切った以上責任は取る!そんな目で長に話す。すると…
「そうか!そう言う事なら払ってもらおうか!ハッハッハ!今日は良い日だ!浴びるように飲まないとな!」
小躍りしながら「酒だ酒だ!」と叫びながら部屋の外に出て行く長ことバスクさん。
呆然と見送ってると
「めちゃくちゃ気に入られましたね…イチ様」
「だから言ったでしょ⁈イチは大丈夫だって!」
リコとフォレスタがニコニコしながら語り合ってる。気に入られたのは良いけど、なんか不安になってきたな…。
って言うか、こうなったら何が何でも白金貨10000枚耳を揃えて用意しないと!戦いながら金策…出来るかなあ⁈
そんな顔をしていたら、フォレスタがめちゃくちゃ色っぽく上目使いをしながらイイ声で囁いてきた。
「じゃあ、イチ~白金貨10000枚の事なんだけど~♪」
「は!払う!だからもう少し待って…」
「身体で払ってもらおうかな~♪」
え!と言う顔をして慌てふためく俺と、目を剥くリコ。
それを見て大笑いするフォレスタ。
「アハハ!本当に君たちは面白いなあ!大丈夫!ただの宝探しだよ!とーっても簡単に稼げる…ね!」
満面の笑顔で、不安しかないワードの仕事を斡旋して来た。