9-それぞれの過去
「やあやあイチ君!折角だから、食事をしながら話をしないか?」
農作業を終えた後、カセーツさんからそう声をかけられた。
ちなみに税金を取られていて、まともな食事もないだろうなと思っていたら、カセーツさんが美味しい鹿豆を出してくれて、それをスープにして食べた。鹿豆は、その名の通り鹿肉みたいな出汁が出るらしい。まあ、この世界の鹿は俺たちの世界の鹿と言うより牛みたいな感じなんだけど。
社長が、ゲス郎に話を聞きながら、食べられそうな山菜を見つけてくれて、ついでに簡易罠も作って豆を食べに来た鳥も捕まえて捌いてくれた。今夜はささやかながらご馳走だ。
「あ…ありがとうございます!本来は私たちがちゃんとした食事を用意しないといけないのに!」
「はっはっは!こういう時の為に、ミーたちがいるんだからノープロブレム!」
恐縮するリコを、笑って励ますカセーツさん。
どぶろくさんは、余った豆で豆酒を作って、大人たちはそれを飲んで盛り上がっていた。
最初はどうなる事かと思ったトンチキ勇者隊だったけど、やはり大人なんだなと思った。人生の経験値が違う。トンチキ勇者隊の株価はうなぎのぼりだ!
そして食事しながら談笑してたら、カセーツさんが自分の過去を話してくれた。
「ミーは戦乱と大干ばつで、滅茶苦茶になった土地の出身でね…土地を耕しても、作物は育たないし、私の村の人間は飢えて難民になって村を捨てて行ってしまった。ミーは村に残って作物がダメになっても諦めずに何度もやり直していたんだが…とうとう作付け用の豆すら無くなってしまって詰んでしまったんだ」
「あー…俺たちの世界でも、そう言う地域あります。助けてあげたくても、自分たちの生活で手一杯だったり、複雑な事情があったりして助けられないんですよね」
そう返事をすると、さらにカセーツさんは続けてくれた。
「近隣の国とかも訪問して、ため池や、用水路についても勉強した。それも数百年保持出来ているような、強い奴をね、そう言う施設は、最新技術じゃないかもしれないけど、現地の人が培った知恵が詰まっていて、実用性が高いんだ。自然とは戦っても無駄だからね、上手く付き合わないと」
そして、カセーツさんは遠い目をしながら呟いた。
「近隣の有力者を説得して援助も得た、今度こそ上手くいく算段はあったのだが…いざ着工と言う時に、鉄砲水がやってきて、流されてミーは死んでしまった。干ばつの土地に鉄砲水?と思うだろ?実は山に植物が無いから、保水力が無くて数少ない豪雨でも水がそのまま大地に流れるんだ、用水路はそんな水も回収してくれるのに!亡くなる寸前に人生を悔んだら、この世界に召喚された。チャンスだと思ったよ、ここでならやり直せる」
「え?カセーツさんは元の世界に帰りたいと思わないんですか?」
「ミーの村はもう駄目だ。流されてしまったし、国は無政府状態になってしまった。幸いこの世界は、放棄された領があって、土地も廃村もある。そしてミーにはどんな土地でも立て直すための知識もある。都合の良い事にミーの祝福は『豆使い』だ!種には困らないし、ここにいる勇者仲間は私の村の復興を手助けしてくれる有用な祝福を持っている!ミーはこの地に新しいミーの故郷の村…ナッツ村を作る!それがミーの願いさ!ははははは!」
結構重い過去のはずなのに、明るく語るカセーツさんを見て、強いなあ…と思う。自分も相当不幸な目にあって、この世界に希望を託して来たけど、この人の抱えた過去には勝てないなと思う、語らなかったけど、家族や親せき、友人なども干ばつや戦乱で失って来たはずだ。それでもなお、絶望していない。これが勇者なんだな…と思った。
「俺は…家族が不幸になって…姉の子供が死産して…ここからの一発逆転の可能性に賭けて、この世界に来ました。そんな俺より遥かに…カセーツさん凄いです…」
「はっはっは!不幸の重さは、人それぞれさ、上も下もない、大事なのはそこからどう動けるかだ。君は一歩踏み出した、それだけで無限に偉いぞ!さあ!ここからだ!よろしく頼むぞ!」
底抜けに明るいカセーツさんの言葉が沁みた。この話を聞いて他の人達も語りだす。
「私は社長業を引退した後、ボランティアをやって色々な人を助けていたんだ。大変だったけど、色々な経験が出来て、ボランティアや社長業で得た経験で、また他の人を助けるのはやり甲斐があったよ。だが…どうにも助けられない土地や人たちもいて、絶望していたら指名された。新しい世界なら、そんな人たちを救える知識が得られるかもと思ってね、だから私は生きてるし、いずれ元の世界に帰るつもりだよ」
「アタシは、生きたい様に生きて来たんだけど、ある日、なんでみんなが幸せになれないのかなーと考えていたら、『ラブぽよエンジェル教』の教えが頭の中にガーって浮かんで、これでみんなハッピーになれるじゃん!とウキウキで踊りながら、教義を広げていたら、頭がおかしくなったと思われたのか、当時のアタシのヒモに川に突き落とされて死んじゃった。だからアタシは死んでるし、元のクソ世界に未練はないので、この世界でバリバリ頑張りマース!」
「おいちゃんは、酒が好きで、ぶらぶら世界を旅していて、世界中の酒の殆どを飲んださあ!そこで究極の酒が造れそうだと、確信して酒造りに励んでいたら、あと一息と言う所で酒の飲み過ぎが祟って、肝硬変で死んでしまったさあ!そうしたらこの世界に指名されたさあ!この世界にも美味い酒はありそうだし、心機一転、この世界で究極の酒を造るのがおいちゃんの夢さあ!」
社長と、エルマさんと、どぶろくさんが次々と語りだす。みんな色々な思いはあるみたいだけど、酒クズ1号と2号からは、どこかダメ人間の匂いがする。そう考えると一番の奇人に見えたカセーツさんは、立派なんだな…。
「そう!我々は、この新天地に希望を見た!そして今からミーがやらないといけない事がある!それは嫁探しだ!」
ん?なんか話の方向性が変わって来たぞ?
「前の世界ではミーは財産が無くて嫁が貰えなかったからね!村を作るために、まずは子供は100人は欲しいな!この世界でまずは沢山嫁探しをする!この世界では重婚が認められているんだろう?」
「そうなの?リコ?」
「はい…双方の同意と、配偶者を養っていける甲斐性があればですが…」
そうリコが言うと、カセーツさんはニヤリと笑って、宣言した。
「ミーは10万人を食わせる力と知識がある!それだけ養えれば沢山の妻を貰っても文句はあるまい!そこでエルマさん!私の第一夫人になってくれないか⁈貴女の飾らない性格と、呪いを解く時のダンスにミーは真の美を見た!貴女を幸せにさせてくれ!」
あの珍妙なM字開脚ダンスに美を見たんですか⁈とツッコミそうになりながら、さっきまで格好良いと思っていたカセーツさんの株価が急落していくのを感じる。すると、どぶろくさんが即ツッコんだ。
「それはダメさあ!エルマさんは、おいちゃんと結婚するのさあ!おいちゃんと結婚したら、美味い酒には困らないさあ!エルマさん!おいちゃんは毎日酒クズな日々を約束するさあ!」
ダメ人間株価急落のデッドヒートが始まったぞ!何してるんだ?オッサンたち⁈
「なに言ってるのよ?アタシはラブぽよエンジェル教の教祖として100万人をハッピーにするのよ?アンタらごときに手が届く女じゃないわよ⁈まあどうしてもと言うなら、エルマ様を讃える青年隊に序列15~16番目に入れてあげるわ、重婚がOKならアタシがボーイフレンドを沢山持っても良いんでしょ⁈」
「グワーッ!」
「そりゃないさあ!」
さすが、ダメ人間のヒモを飼っていたお姉さんだ、格が違う。ダメ人間株価デッドヒートは仲良く上場廃止になって終わった。
ふと横を見ると、ゲス郎がこのやりとりを見ながら
「ダメ人間を肴に飲む酒は、なんでこんなに旨いんですかねえ…」
と愉悦に浸ってる。
「いやお前も負けないくらいのダメ人間だろ!」
そう、ツッコんでいたら
「私の話をしても良いですか…⁈」
リコが意を決して語りだした。