積み上げた幸せは突然えらいこっちゃに
「第47回目!選択希望勇者!北田順一!異世界チキュウ!ニホン出身!」
「以上を持ちまして、勇者ドラフト会議を終了したいと思います!
皆さまの活躍を心から応援したいと思います!」
パチパチパチパチ
洪水の様な拍手、そして館に溢れる勇者候補たち
そこかしこで談笑が始まっていた。
「頑張りましょうね!勇者様!」
期待一杯!と言う瞳で自分を見つめる美少女がいる
そして自分は思わずこう呟いていた。
「どうしてこうなった…」
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話は2時間前に戻る。
「イチ、これ持って行きなよ!」
「よ!イチ、これ余ったから持って行きな!」
「あざっす!あざっす!」
そう言いながら俺…イチと呼ばれている少年、北田順一は、バイト先の先輩達から余った野菜とかをありがたく受け取る。
ここはある地方都市の小さなスーパー…と言うより限りなく農家の有人販売所に近いお店。
肥料や農機具も扱っているようなお店である。
ちなみに給料は安いが人間関係は良い。
「高校生なのに、こんなに働いてくれて…ありがとうねえ、今、あなたみたいな若い子
ウチみたいな給料の低い小さなスーパーには中々来てくれないから…」
50代くらいの優しい女性店長が、すまなそうに言ってくれる。
「いや!色々余った野菜とか貰えてマジで助かってるっす!感謝したいのはこちらっす!」
「今日もイキが良いな!イチ!孫が使っていた物だがこれも持っていけ!」
「英単語の参考書!わっ!最近流行の異世界転生ものの小説もあるじゃないですか!貰って良いんですか!あざっす!」
還暦過ぎてるが妙に若々しい気の良い人生の先輩が、赤いラインの引かれまくった使い込まれた英単語の参考書と小説をくれる。
「あざっす!じゃあ先に上がらせて貰いますね!」
「おう!気を付けて帰れよ!」
大喜びで受け取り、帰宅しようと自転車置き場に向かう。すると遠くから先輩たちの声が聞こえてきた。
「凄く働いてくれる良い子だねえ…」
「家は大変らしいがな…給料…上げてやりたいんだけどな…」
そっと離れて帰路に付く。
自転車を漕ぎ、少し店から離れた所に来てからポツリと呟く。
「気遣いはありがたいですけど、先輩達から学んでる事も含めれば…それなりに得してるんですけどね、俺」
事実そうだった。
自転車の籠一杯の売れ残りの野菜や、使い古しの本がもらえたり、他にも人生の先輩たちの面白い人生の成功や失敗談や生活の知恵、土地にまつわる色々な話、ネットで得た知識とは違う生きた情報は、どれもこれもワクワクするほど面白かった。
ここで働くのは楽しいのだ。
「そりゃスマホで検索すれば、色々な情報が手に入る時代だけどさ、こう言う、ネットに上がってこない生きた情報が好きなのよ、俺」
たしかに家にお金は無いけど、結構楽しく生きてる。
知識を集めるのは好きだから、いずれは、そう言ったものを生かせる仕事に就きたいなとか考えている。
それに…
「もうすぐ我が家に新しい家族が増えるんだ、まっとうに稼がないとね!」
彼には両親と優しい姉がいて、姉の旦那さんも良い人である。
正直、この家族がいれば、彼は十分満足だったのだ。
そして彼の姉は現在お産で入院していており、経過も順調との事。
不足しているものは自分が頑張って稼げばよい。
自分の事を貧乏人と揶揄する嫌なクラスメイトもいたが、気にしてなかった。
そう、彼は慎ましく幸せだった
この瞬間までは。
しかし、人生の歯車は突然狂いだすものだ。
帰宅寸前に突然の大雨に見舞われた。
逃げ込むように大慌てで家の中に飛び込むと
母親が血相を変えて、飛び出してきた。
「順一!お姉ちゃんが…!急に体調を崩して…!すぐに病院に向かうわよ!」
空には雷が鳴り始めていた。
その後どうやって病院に向かったかは覚えていない。
ただ病院に着くと…暗い部屋で…いや電気はついているのだが
姉が生気の抜けた顔で呆然としているのが見えた…。
そして生まれてきた子供は…一度も泣くこともなく命の火を失っていたと言う言葉だけが聞こえた。
自分の周りの空気が冷たくてドロドロとしたものに変わった気がした。
そして呆然としていたら…次々と信じられない凶報が畳み掛けてきた!
「北田さん大変だ!お父さんが…!交通事故に!」
「今電話があったの!お姉ちゃんの旦那さんが!海で行方不明に!」
次々と不幸の矢が雨あられのように飛んでくる。
姉はただ宙を見ており、母は泣きながら、おろおろしてる。
なんだ?何が起こってる?急に人生が急降下しだしたぞ?
さっきまでささやかな幸せを噛みしめていたじゃないか!どうしてこうなった?
落ち着け!落ち着け!落ち着け!
何か、自分に出来る事をするんだ!…だがこの状態で何をすれば良い?
ダメだ、頭が働かない!頭も心もグチャグチャだ!
それでも何かしなければ…。
なにか…この状態から立ち直れるような…方法は…逆転の一手は…。
頭をフル回転させて、今までに得た知識と知恵で最適解を探そうとしてみる。
「病院の中庭に来て!」
そんな声が聞こえた気がした。
何故、その言葉に耳を傾けたか分からない。
ただ、中庭の方向の空気がフワッと軽くなった気がして、何かに縋るようにフラフラと病院の外に歩きだした記憶はある。
そして中庭に出て空を見上げた時、再び先ほどの声が聞こえた。
「逆転の一手はありますよ、しぼうしますか?」
逆転の一手?そりゃ…あれば乗るさ…。
「やったー!しぼうとどけ出しておきますね!しめいをお待ちください!」
…ん?ちょっと待て⁈何の話だ…死亡届?使命?
「一名様!ごあんなーい!」
そんな声が聞こえた瞬間—――
雷に打たれて、俺の身体は消えた。
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そして冒頭の展開である。
気が付いたら、異世界に飛ばされ、勇者として召喚された事を聞いた。
異世界転生ものの物語は小説や漫画で読んだ事はあるけど
異世界なんてものが本当にあるとは夢にも思わなかった。
ちなみにしぼう届は、死亡届ではなく(勇者)志望届で
しめいは使命ではなく指名だった。
自分は勇者ドラフトの最下位の47位指名で召喚されたらしい。
(志望届のない人間は召喚出来ないらしい、同意が無いと召喚出来ないとは知らなかった)
ちなみにココはお城か何かの大広間らしい。
自分を含めて47人の勇者候補がいる。
どいつもこいつも強そうだ。
そしてキラキラした中世ファンタジーの高官やお姫様みたいな人たちが
その勇者の取り巻きとして談笑してる。
「頑張りましょうね!勇者様!」
ふと声のした方を振り返ると、期待一杯!と言うキラキラした瞳で自分を見つめる
育ちは良さそうだが庶民的な服装の美少女がいる。
可愛い…が…随分若い。
この娘さんが自分を指名したんだろうか?
そしてその隣に明らかに邪悪な表情をした耳の尖った小男がいて、こう呟いたのが聞こえた
「頼みますよお…金蔓さぁん…いや勇者様ですかね⁈ゲヒヒヒヒ」
ゲヒヒヒヒなんて笑う人間初めて見た。
イヤな予感しかしない。
「どうしてこうなった…」
思わずそう呟いた。