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市内の治安が一応旧に復したとの報告を、作戦幕僚から受けたダイゴは、改めて参上した総督官邸で、リーセロットに申し出た。
「私を戒厳司令官にお命じ下さい」
暴徒は蹴散らしたとはいえ、多くの不満分子がまだ市内に潜伏している。彼らを使嗾した反対派貴族も手付かずである。これらを一網打尽にし、処断してデンヘイグの治安を完全に元に戻し、議会が開ける状態にする。そのためには、戒厳の継続と、強力な摘発が必要である、と理由を説明した。
「よろしいでしょう。卿に委ねます」
応諾を了承したダイゴは、その足でレーリンク候のところに向かい、自分を戒厳司令官に任命する公文書の起案を依頼した。
「すべては、総督のお手を汚さないためです」
手を血に染める役は、すべて自分が引き受けるとの覚悟を、ダイゴは国務評議会議長に向かって表明した。
命令は直ちに起草され、総督の決裁を得た。
戒厳司令官の地位を得たダイゴは、直ちに戒厳司令部を軍事内局内に設置し、今後の戒厳執行を自分がおこなうとの布告を発した。
市内を区割りし、区毎に軍・憲兵・夜警隊を配置して、市内に潜伏した条約反対派の摘発に当たらせた。約二週間で主だった者五〇〇人以上が検挙され、反対派貴族議員も逮捕された。
逮捕した貴族議員の自白から、暴動の背後にいるのがオルデンバンネンフェルト公爵だとわかったのは、戒厳が宣言されてから数日後だった。
「構図は読めた。暴徒の背後には、黒幕がいた」
軍事内局で戒厳の指揮を執るダイゴは、取り調べに当たった憲兵隊からの報告を受け取り、戒厳幕僚を兼ねる作戦幕僚にそう述べた。
「条約反対派の動きに便乗した権力奪取が、その目的ということでしょう」
作戦幕僚も、自分の推理を披露した。
ネイザーラントにおける名門貴族の双璧の片方、オルデンバンネンフェルト公爵。彼にとっては、条約に対する不満の高まりは、現在の総督を追い落とし、立法と同時に行政の二権を同時に手中に収める願ってもない機会と映ったのであろう。それが事前に練られた周到な計画であったか、それとも機会主義的に思いつかれたものだったのかは、これから本人を尋問してみなければわからない。だが確実なのは、この暴動が単なる不平不満の爆発でなく、権力闘争の手段だったということである。
◇◇
全国議会議長オルデンバンネンフェルト公爵の邸宅に踏み込んだのは、憲兵隊を率いたハンス・ミューレンである。既に邸宅の周囲は、軍で包囲の上だった。
「ここは、全国議会議長の自宅でございます。何用があって、軍靴で踏み込まれますか!」
と、抗議する家令の体は、簡単に憲兵によって退けられた。ハンスは、公爵の自室と思しき二階の部屋へと足を運んだ。
「全国議会議長閣下! 既に証拠は上がっております。この上は潔くなされませ!」
部屋の外から、ハンスは大声で呼びかけた。
使用人が必死の表情で守る部屋の前に、ハンスは至った。
「手荒な真似はするな」
憲兵に命じて忠実な使用人を排除させると、ハンスはドアノブに手を伸ばした。しかし、鍵はかかっている。短銃を引き抜き、引き金を絞った。
結局、彼は全国議会議長を逮捕することはできなかった。足を踏み入れた書斎において、オルデンバンネンフェルト公爵は、既に毒をあおっていたからである。
暴動関係者の処断は、戒厳下であることを理由に、通常裁判所ではなく、即決の軍事法廷に委ねられた。オルデンバンネンフェルト公の下で暴動の工作に関与した貴族を含む約二〇〇人が絞首刑の判決を受け、残りには懲役や市外への追放が宣告された。ネイザーラントでは、既に罪刑法定主義が確立されていたので、被告人の家族や縁者が罪に問われることはなかった。
力づくではあるが、全国議会も正常化され、十二カ年休戦条約は、賛成多数で批准された。




