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 奔流の様相を呈して、条約反対派は野外劇場から動き出した。商店の略奪や放火を伴いつつ、口々に、

「条約反対!」

 を叫びながらビンネンホフ街を目指した。途中の夜警隊の検問は、蹴散らされた。

「総督を吊るせ!」

「戦争続行!」

「ノルトブラバンドを取り戻せ!」

 凶器を振り回す反対派貴族議員の私兵を先頭に、暴徒の集団は、総督官邸直前に迫っていた。

 ◇◇

 投石が、総督官邸に降り注いだ。一階の部屋のガラス窓が割れる音がする。暴徒の乱入は、首都警備隊が最後の力を振り絞って何とか防いでいるが、それも何時まで続くかわからない。

 既に政権幹部の何人かは、市外へ脱出したと報告があった。リーセロットは、それを咎めようとは思わない。もし暴徒が官邸に乱入してくるようなら、短剣で自分の喉を突いて自害するつもりだった。

 突如、戦場音楽が窓を通して彼女のいる室内に飛び込んできた。

 瞬間、

 ——もしや……!

 の思いがリーセロットの胸を突き上げる。

 そして、執務室のドアをノックする音が聞こえた。入室を許可すると、秘書官が執務室に入ってきた。ダイゴの伝令であるアルテュールを連れてである。

「総督、もうご安心です!」

 と、アルテュールが従妹に明るい声で語りかけた

 ◇◇

 正面には、総督官邸を取り巻く群衆があった。展開。軍楽隊が隊形を取るべき戦場音楽を流した。

 パイク兵の両側にマスケット兵が横隊を作る。

「放て!」

 射撃指揮官を務めるハンスの号令が、発せられた。

 発砲音が連続する。

 それまで正面の官邸だけに気を取られていた暴徒たちは、脇方向からの射撃に、面食らった。実際は空砲だったが、射撃の音に暴徒はたちまち動揺した。

 射撃を終えた第一列は左右に分かれて、最後尾に横隊を作る。

 第二列が射撃準備を終えて、マスケットを構える。

「続けて放て!」

 と、ハンスが叫ぶ。

 第二射。

 今度は実弾射撃だったが、空に向けてである。

 第三射。同じく、空に向けて。だが、発砲音と空を切る実弾の音は、暴徒の心に恐怖心を呼び起こさせた。

 この場にいるはずのない軍隊が急遽現れたのだ。条約反対派の暴徒は、驚きと恐怖に駆られ、完全に浮足立った。もともと統制の取れた集団ではない。正規軍が相手では、踏み潰される虫に等しい。

「前進!」

 剣を抜き放ったハンスが、号令をかけた。

 近付いてくるパイクの穂先が陽光を反射して、その光が暴徒の目にさらなる恐怖を与えた。

「逃げろ!」

「軍隊だ!」

「逃げろ!」

 暴徒のなかで声が発せられ、それをきっかけに、総督官邸を取り囲んでいた群衆は、逆流するように来た道を引き返し始めた。凶器を放り出し、烏合の衆と化して、背中を見せた。

「逃がすな! 追撃せよ! 速足前へ」

 ダイゴ命令が、ハンスの耳に届いた。

 暴徒狩りは、翌日まで続いた。

 ◇◇

 ブレダー城において、思案するダイゴの脳に浮かんだのは秀吉の中国大返しであった。

 戦国時代末期の天正一〇年(一五八二年)六月、備中高松城の攻略戦を指揮していた羽柴秀吉が、主君織田信長の自害、すなわち本能寺の変を知ると、直ちに軍を反転させ、八日で二〇〇キロメートルという当時としては驚異的な速度で山崎に行軍し、主君の仇明智光秀を討った一連の行動が、中国大返しである。途中一日の休憩があったから、実質的に毎日平均約二九キロを行軍したことになる。

 今回の作戦では、デンヘイグからブレダー城までの行軍に、七日間を費やした。それを、ダイゴは中国大返しと同じやり方で首都に戻る計画を立てた。

 ダイゴが学んだ通説では、秀吉は街道上の村々に触れを出して人馬の糧秣を提供させ、補給の問題を解決していた。首都への急行で、ダイゴは同じ方法を採ったのである。主計官を行軍経路上の各地点に先行させ、糧秣を直ぐに食せる状態で供出させたのだった。住民には、代金を後に通常の一〇倍の額で支払うと告げさせた。

 主計監による計算の結果、街道上の糧秣で養い得る人馬の数は、兵員が二〇〇〇名、軍馬二〇〇頭と出た。この中に、行動を鈍重にさせる輜重隊は加わっていない。これなら首都の警備力と合流すれば、条約反対派を鎮圧できる数字であると判断された。

 本当なら、すぐにでもブレダー城を出発して、リーセロットを救いたいところだった。だが、ダイゴは記憶していた。秀吉が非常に計算の細かい武将で、多くの勝利が、その計算の上に成り立っていたことを。でなければ、小田原征伐(天正一八年(一五九〇年))のように約二〇万もの大兵力を指揮できるはずがなかった。

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