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アウグストの馬車に同乗して総督官邸に入ったレーリンク侯は、自分が責任を負うからとまず述べて、リーセロットに共和国憲章に基づく戒厳施行を進言した。
「治安の悪化については、わたくしも報告を受けております。全国議会も反対派の欠席で開催できない状況だと聞きました。ですが、もう他に方法はないのですか?」
「ございません、総督閣下」
レーリンク侯は、臨時局長官会議の時点で覚悟を固めていた。
「この上躊躇なされば、我々は元より、総督閣下のお命まで、危険が及ぶかも知れませぬ」
アウグストも、説得に加わった。
「総督。軍主力を前線から呼び戻し、首都の治安を回復しなければならない状況です。その許可も頂きたい」
しばしの間、リーセロットは部屋の隅に歩み寄り、官邸のガラス窓越しに空を見つめた。
そして、レーリンクたちの方に向き直った。その表情は、覚悟を帯びたものだった。
「いいでしょう。両件とも同意します。直ちにかかるように」
二人は、早々に総督官邸を辞した。時間を無駄にはできない。
彼らが乗った馬車は、第一書記局に急行し、レーリンク候を降ろした。
「私は、これから戒厳宣言の総督命令を起案します。本日中に決裁を受けるつもりですので、ナッソー将軍は軍に関する手配をよろしくお願いします」
下車間際、レーリンクはアウグストに告げた。
「心得ました。命令書は、本日中に発送するつもりです」
言葉を返したアウグストを乗せて、馬車はそのまま軍事内局の方へと走り去った。




