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ダイゴの新しい職場である軍事内局の庁舎は、首都の中心部ビンネンホフ街の官庁地区にあった。二階建て煉瓦造りの庁舎で、百人ほどの軍人や書記官などが勤務している。
当初は書記官と言われていたが、アウグストがダイゴに出した辞令には、長官補佐官の肩書が記されていた。軍事内局長官補佐官という立場は、官吏のなかでは低いものではない。
ネイザーラントでは、家督も財産も原則は長子のみが相続する(被相続人の生前の意思で、できの悪い長子を廃嫡にしたり、他の子に財産を分与したりすることは可能だそうだが)。貴族といえども例外ではなく、次男、三男といえば爵位も財産もない、平民と変わらぬただの人である。そうした者たちは、官吏、軍人、法曹、公証人、聖職者くらいしか身の振り方がない。なかには貿易商人や投資家となって巨万の富を築く者もいたが、あくまで例外的存在である。軍事内局の職員も、大半がそうした貴族の次男以下であった。
そうした職場環境にあって、下積みを経ず、いきなり長官を直接補佐する地位を与えられたダイゴは、やはり恵まれた立場にあった。
「なるほど、ノブナガは配下の部将から鉄砲を集成して、重要正面に集中投入したのだな」
「そのとおりでございます。ほかの武将も、似たようなことをおこなっておりました」
一日一、二回、アウグストの執務の手が空いた時間に呼ばれて、信長や秀吉などの戦略や戦術について進講することが、目下の仕事だった。
ついこの前までは、地方の資料館や図書館に出かけて古文書を探し出し、コピーを取って研究室に持ち帰り、他の文献とつなぎ合わせて史実を探す地味な学究生活を送っていたというのに、今や一国の命運を担う「軍師」になったかのようであった。これまでの知識が役に立つのは、やはり嬉しい。だが今のダイゴを動かす主な動機は、もちろん、
――何とかして、リーセロットに近づく。
ことにあった。既に彼女の知己は得ている。何かしら大きな成果を挙げれば、彼女に直接報告にいけるかも知れないのである。邪といえば、邪な動機であった。何しろ現在の低地諸州同盟は、強大なイスハニア王国を相手に、存亡の危機に置かれているのだから。