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休戦の喜びは、束の間だった。
首都の新聞(この時代は日刊ではない。週刊か、月刊である)は、和平交渉の成りゆきを毎号のように報じていた。社説は、激烈な論調で、有利な和平条件の貫徹を、政府に要求していた。
街頭では、毎日のように集会が開かれた。参加者は、主に南部から避難してきた人々である。帰るべき故郷がなくなる可能性もある話だから、無関心ではいられない。デモ行進が毎日のようにおこなわれ、条件貫徹を要求する声明文が、総督官邸前で読み上げられた。
そのような情勢下、評議会議長会議(枢密評議会からは副議長が参加した)において、国務評議会議長レーリンク侯爵から、総督にある提案がおこなわれた。
「戒厳を宣言されてはいかがかと存じます」
共和国憲章の一条文にある制度の施行である。
戒厳とは、総督の権限で宣言できるものであり、非常時において法律と同等の効力を有する命令の発出権、集会・移動の制限、検閲等の治安維持に必要な権限を、臨時に総督又は総督の指名する軍隊指揮官に付与する制度である。
だが、リーセロットは国務評議会議長の提案を却下した。
「なりません。集会や示威は、共和国憲章に定められた市民の権利です。それが増えただけでは、戒厳を宣言することはできません」
「ですが、これ以上情勢が悪化してからでは、手遅れになるということもあり得ます」
「それは、その時で考えましょう。今は、外交使節を信頼するのみです」
反論を寄せつけない厳しい決意を、リーセロットはみなぎらせていた。




