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翌日の午前、ブレダー城から約一キロメット南に離れた森の外れで、スピノラは待っていた。
護衛の騎兵三名と副官を傍らで待機させると、ネイザーラント軍指揮官は馬をイスハニアの黒狼に近付けた。待っていた方は、護衛を連れていなかった。
「スピノラ将軍?」
「左様、ベニート・スピノラだ。貴殿がダイゴ・ノダどのか?」
スピノラは、ネイザーラント語が達者だった。
「いかにも。それがし、共和国軍総司令官代理ダイゴ・ノダです」
スピノラの問いに、ダイゴは返答した。
やや怪訝な表情を浮かべたスピノラに、ダイゴはそれも無理はないと思った。知略の限りを尽くして、自分を苦しめた敵の大将とは到底思えなかったのであろう。
だが、
「ノダ殿、貴殿の戦いぶり、真に見事だった。このスピノラ、感服いたした。そのことを、申し上げておこうと思ってな」
スピノラは手綱から右手を離し、差出した。ダイゴも、臆せずに握手に応じた。
敵の技量を認めることに、スピノラは率直だった。敵の力を侮ることは、指揮官の器に関わる。スピノラは、それを知っていたようである。
「恐縮です。スピノラ閣下のあと一押しがあれば、我が軍もどうなっていたか、わからないところでございました」
手を離したスピノラは苦そうに笑った。その心中には、複雑なものがあったに違いない。
「いずれ、再戦の時も来よう」
スピノラは馬の向きを変えた。
「その時まで壮健であれ。また、戦場で会おう」
そう言葉を残し、イスハニアの黒狼は、マントを翻して帰路に着いた。
後姿を見送るダイゴも、その機会がやがて来ることを覚悟した。
ブレダー城に戻ろうと、馬首を巡らせようとした時、ダイゴは一瞬、手綱を落としてしまった。ハッとして両手を見ると、手首から先が、半透明になっていた。その現象は三〇秒くらい続いて、元に戻った。
ダイゴは思い出した。この世界に来る直前、キャンパスアイドルのリアルライブイベントの現場であるさいたまスーパーアリーナから帰る際、出口にいた時に同じ状況が発生していたことを。
そして、結局「その時」は、永遠に訪れなかったのである。




