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「柵が倒されるぞ!」
ネイザーラント側の陣地で、叫びが発された。それは、伝令によってダイゴの本営に間もなく届く。
塹壕の先端から、身の危険を顧みずに飛び出た敵工兵が、縄を結びつけた鉤を馬防柵に向かって投げ、引っかかると壕内の兵がそれを力の限り引いていた。
――これが敵の策か。
ダイゴは、身じろぎもせずに、前方を注視していた。まず、柵を狙ってくることは計算の内である。だが、数か所で柵に穴を開けたとしても、その背後に射撃陣地が生きている限り突入は制圧されるはずだった。
前線は、本営の命令が届かないうちに、対応を始めていた。ハンスは、マスケットで掩護させる一方、柵に引っ掛けられた鉤縄を切るよう、命じていた。だが、それは思わぬイスハニア軍の動きによって阻止された。
爆発音が連続して起きた。それは、ダイゴのいる本営にまで届いた。工兵が馬防柵を引き倒して後方に下がると、入れ替わりに前方に出た歩兵が、次々と擲弾をその周辺に投げつけたのである。
擲弾は、地表に落ちると破片と煙を周辺にばら撒いて、ネイザーラント側の射撃を妨げた。さらに、運よくタコツボ内に落ちれば、なかのマスケット兵を吹き飛ばすか、陣地から追い払った。
イスハニア軍の軍楽隊が、威勢よく演奏を始めた。
三梯隊に再編されたテルシオは、擲弾の煙が立ち込める地点に向けて、動き出した。敵はテルシオが敵の前線に辿り着くまでの時間を計算し、その間擲弾による制圧を継続できるよう、十分な数を塹壕内の兵に持たせていたようである。
テルシオが、ネイザーラント軍の射程内に入った。ネイザーラントのマスケット兵は、前回の戦闘と同様に射撃を開始したが、今度は勝手が違った。馬防柵が崩れた三ヶ所にイスハニア軍は、戦力を集中した。塹壕内にいるイスハニア軍は、ネイザーラント軍にとって敵がそうであったように、狙いにくい的となった。射程外にあったマスケット兵は、遊兵となり、イスハニア軍のテルシオが受ける火力はその分減った。
「マスケット兵を、突破口付近に集中させろ!」
ようやく事態を悟ったダイゴは、各大隊に伝令を飛ばした。だが、それは遅きに失した。イスハニア軍のテルシオは三ヶ所の突破口から陣内に雪崩れ込もうとしており、ネイザーラント軍の前線は完全に浮足立ってしまった。
それに前後して、イスハニア軍の後方に配置された射石砲が射撃を始めた。間を置かずして、巨石がブレダー城の城壁に着弾し、石片をまき散らしながら石組みを崩し始めた。
スピノラは、歩兵と砲兵の同時攻撃による相乗効果を狙っていると見えた。陣地戦に徹しようとすれば、射石砲への対応が疎かになる。加えて、陣地を破られれば、その後の籠城戦も不利にさせられるのである。ダイゴは、今さらながらにスピノラの強かさを思い知らされた。
「パイクを持て。後れを取るな!」
ハンスは、間近に迫ったイスハニア軍との白兵戦に備えることを命じた。
壮烈な陣内戦になった。それまで銃の装填役に徹していたパイク兵は、にわかにパイクを持ち、激しい叩き合いが繰り広げられた。だが、急に接近戦を強いられた分、ネイザーラント側は不利だった。
――戦いを、努めて長引かせる。
当初、幕僚たちに示した指針を、ダイゴは思い出していた。ここで戦力を消耗させてはならない。幸い、第一線の陣地の奥には、第二線陣地が準備してある。ここは、前線を後退させるべきだった。
「兵を、第二線陣地へ下げろ」
だが、それは命ぜられた側にとって、困難極まる仕事だった。
「命令を出すのは、簡単だがな」
命令を受けた側であるハンスは、憮然として吐き捨てた。ダイゴへの信頼は確固として抱いているが、それとは別に下には下の苦労があるのである。
敵と至近距離で槍を交わしている状況では、命令通り引けば、敵は押してくる。大隊長たちは、少なからぬ苦労をして、ようやく第二線陣地に後退させることに成功した。
◇◇
一方で、イスハニア軍も損害は軽くなかった。陣地内突入後、低地軍のマスケット兵が本来の陣地を出て、突入してきたイスハニア軍のテルシオに射撃を集中したため、テルシオの先頭は、戦力として体を成さない状況に陥っていた。初日の戦闘と比較しても、軽くない損害を被っていたのである。兵の体力も、限界に近かった。
「前進を停止せよ。現在位置を確保しつつ、態勢を維持するのだ」
そう命じたスピノラは、兵が生きて動く人間であることを知っていた。飲み食いもさせず、休息も取らせずに戦い続けさせることは、人間には不可能なのである。
牛馬ですら、餌や水を与え、時々休ませなければ用をなさなくなる。体力の限界も考えずに兵を動かそうとする者は、そこいらの農夫にも劣るのだ。
かくして、半日間に及ぶブレダー城攻防戦の第二幕は、両軍が至近距離で睨み合う形で終了した。




