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まんまと罠にかかってしまった。そう悟った時点で、直ちに兵を引いたのは、将たるスピノラの非凡さの証であったろう。
全軍に下がることを命じ、マスケットの射程外で態勢を立て直すことを図った。しかし、
「損耗は、マスケット兵約三〇〇、パイク兵約一七〇〇です」
参謀長から報告されたその数字は、全軍の約一割以上に達していた。たった三時間でのできごとである。しかも、敵には損害らしい損害を与えていないように見えた。スピノラとしても驚愕せざるを得ない損害であった。
あのまま戦闘を続けていたら、彼としてもぞっとしない結果になっていたであろう。
「これが、ダイゴ・ノダの知略か……」
独白したスピノラは、背筋に冷たいものを感じた。改めて尋常ならざる敵を前にしているとの実感が、胸に湧き上がった。想像を絶するマスケットの射撃の量であった。普通、マスケットは一発撃つと次の射撃まで一分ほどかかる。その隙に距離を詰めれば、パイクが威力を発揮する。だが、今回は距離を詰める時間すら得られなかった。
低地軍の陣地からは次々火花が発せられ、その度に何名ものイスハニア兵が体に銃弾を受け、倒れていった。一方で、イスハニアのマスケット兵は、非常に不利な射撃を強いられた。
全身を晒す射撃姿勢で、胸から下は地面に隠された低地兵と撃ち合ったのである。これといった損害をあたえられなかったのは、当然だった。
――ここで同じことを繰り返すわけにはいかぬ。
各部隊の傷付いた兵の実情を見て回りながら、スピノラは脳漿を振り絞っていた。だが、どんな手があるというのか? 城壁と違って、地面に築いた陣地に、射石砲は撃っても効き目がないだろう。イスハニアの黒狼の真価が、今こそ問われようとしていた。
「参謀及び連隊長以上の全員を集めよ! 対策を検討する」
馬上から、スピノラは傍らの副官に声を発した。




