18
ダイゴの目論見は、当たったかのようだった。
騎兵のカラコルによる挑発の直後、敵は攻撃前進を開始したことが見て取れた。後は、銃火力を発揮するまでである。
「敵をよく引きつけろ。過早の発砲は禁ずる!」
第一線では、ハンスら指揮官が、兵たちに向かって叫んだ。
予め各部隊には与えておいた指示であるが、今一度徹底した。
ネイザーラントの第一線マスケット兵は、タコツボのなかで敵が射程距離に入るのを待っている。地面の上に出るのは胸から上だけであって、敵に比べてその面積は極めて狭い。撃ち合いになれば、被弾する確率は大きく下がる。銃数の少なさを補ってあまりある有利になるはずだった。
イスハニア軍のテルシオの先頭が、目印の石を並べた線に至った。距離にして射撃陣地から七〇歩。
「放て!」
第一線にいるハンスが号令を発した。
続いて陣地の全面に亘り、白い煙が立ち、同時に発砲音が轟いた。次々とイスハニア兵の倒れる姿が見えた。
射撃を終えたネイザーラントのマスケット兵は、素早く後ろの兵に銃を手渡した。代わりに、後方で弾込めを終えた銃を手渡される。撃ち終えた銃は、そのまま交通壕を後ろの広い壕に送られて、別の兵により弾込めされる。
最初の射撃を受けたイスハニア軍は、素早く立ち直った。同時にイスハニア軍のマスケット兵も、射撃を始める。だが、僅かしか地面の上に姿を出さないネイザーラント兵には、ほとんど命中しなかった。
「以後は、各個に放て!」
ハンスの命により、陣地内のマスケット兵は、後ろから送られてくる銃を次々と取り換え、射撃することに専念した。
◇◇
マスケット兵・パイク兵を問わず、次々と銃弾を浴びたイスハニア軍は、揺らされた人形のように倒れていく。
「こんな戦いは、初めて見ます」
観戦する幕僚長の感想は、感嘆に満ちていた。城壁に寄らない防御、それも地面に穴を掘っただけの陣地で、かくも強力な火力発揮ができるとは、予想だにしなかった。これは、長篠の戦の応用である。長篠の戦(天正三年(一五七五年))では、単に織田・徳川軍が鉄砲火力の優越だけで勝ったのではない。事前に入念な陣地構築をおこない、そこに武田勝頼の軍を誘い込んで陣地により攻撃力を吸収し、その力を削いでいったのである。加えて、銃弾の数にも圧倒的な差があった。撃ち倒されたイスハニア兵の両脇、あるいは後方の兵はそれでも前進を止めようとしないが、次はその者たちが死者の列に加わった。ネイザーラント軍の銃声は、途切れもなく続いている。
「そうさ、私もな」
ダイゴは答えたが、これは噓だった。前の世界でミリオタの友人に連れてゆかれた富士総合火力演習では、これとは比較にならない量の銃弾が発射されていたのを記憶している。自動小銃や機関銃の発する射撃音と弾量は、まったく懸隔していた。だが、それをここで言う必要はなかった。
近づいてくるイスハニア軍は、馬防柵に行く手を阻まれて火縄銃で仕留められた設楽原の武田軍のように、屍の山と化していく。彼は密かに、極楽寺山に陣取る織田信長もかくやと思うような痛快感を味わっていた。
——一番楽なのは、スピノラという敵将が、武田勝頼になってくれることだが。あるいは、頭に血が上り、山県昌景や馬場信春や内藤昌秀のように、最前線に出張って討ち死にしてくれてもいい。
だが、ダイゴの過大な期待は外れた。三時間ほどの戦闘で、ネイザーラント軍の陣前には、数千人単位と思われる死体が積み重なったが、敵は後退を開始していった。




