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「城に籠っていると思ったが、そうではないようだな」
陣頭の馬上で、黒色の甲冑を身にまとったスピノラは、意外の感に打たれた。ブレダー城が最終決戦の地となるという点は、スピノラも認識していた。だが、スピノラは常識的に低地軍が城の防御力を活用するために籠城戦を挑むものと考えていたのである。
前方に出していた騎兵斥候の報告では、城の全正面に亘って何らかの工事をおこなっている模様であり、その前面には騎兵が飛び越えられない程度の高さの柵が設けられているという。
「何を考えておるのか、容易にはわかりませぬが、城壁を落とす必要がないことは、我が軍にとっても幸い。敵も策が尽きているのではないかと思われます」
参謀長の意見も、スピノラにはもっともに思えた。この時代、防御と言えば、籠城戦を意味し、敵の籠る城を攻略することは全軍事行動のなかでも最も困難な部類に属した。城壁を砲兵で砕き、あるいは坑道を掘って陥没させる。それから城壁に梯子をかけ、歩兵に上らせて城内に躍り込ませる。
いずれにせよ、非常に時間がかかり、あるいは犠牲も多い。攻城戦の途中で兵糧が尽き、攻めている側が撤退に追い込まれる例も稀ではなかった。城壁の防御力を敵が放棄するというなら、こんなに有難い話はないのである。
――だが、待てよ。
敵は、奇計を活用するダイゴ・ノダではなかったか。城の防御力を放棄してまで城外で戦うのは、何らかの奇策を準備しているからではないか。
ましてや、ここは最終決戦地と思われた。ここで敗れたら、ネイザーラントの命運は終わりとなる。それだけに、城壁の防御力に寄らない、別の作戦を考えついたのではないか。
「敵の騎兵です!」
スピノラの思考を妨げる声が、味方から発せられた。スピノラと参謀たちは、敵方に視線を巡らせた。
柵と柵の隙間から出たネイザーラント軍の騎兵が、イスハニア軍の方向に向かって、縦隊で接近してくる。何をするつもりかと見守っていると、イスハニア軍の目前五〇歩ほどの場所まで急接近し、携行していた短銃を放った。
最初の縦隊が通り過ぎると、さらに続く第二陣がイスハニア軍を銃撃した。鉛弾は、イスハニア兵の甲冑に金属音を立てて弾かれた。続いて、第三陣が銃撃を加え、イスハニア軍を嘲弄するかのように眼前を一巡し、そして引き揚げていった。旋回戦法であった。
「よかろう」
スピノラは決断した。敵が何を考えていようが、既に銃火力では自分の軍を敵と対等以上に引き揚げてある。兵力では二倍近くの優位にあった。この上は正攻法で踏み潰すまでである。
大軍に奇兵は不要だった。
「全軍、前進せよ」
司令官の命は下った。




