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 雨は一刻を待たずに止んだ。方々に散っていた馬も、徐々に別邸へと帰ってきた。別邸の庭に組立て式のテーブルが並べられ、その周囲に主だった参加者が集った。大陸南岸のアリタリアから呼ばれた料理人が火を起こして午餐の準備をしているところで、テーブルの主のアウグストが口を開いた。

「初対面の者もいるだろうから、紹介しておこう。我が家の食客、ダイゴ・ノダだ。大陸東岸の先にある、島国の出だという」

 アウグストの隣に座っていたダイゴは、立ち上がって一礼した。

「ダイゴ・ノダでございます。以後、お見知りおきを」

「なかなかの知恵者でな。近く、軍事内局の書記官に取り立てるつもりなのだ」

 紹介が終わると、使用人たちの手でテーブルの上に茶やビール、ワインなどが並べられ、それらを飲みながらの談笑が始まった。

「あなたのお国とは、どのようなところなのです?」

 リーセロットは、これも上流階級のテーブルにしか載らない贅沢品である砂糖を茶に入れながら、向かいの席のダイゴに訊いた。声と質問の仕方の可愛らしさに、「デュフフ」となりそうだった。

「国の名をフソウと申します。大きく分けて、四つの島で成り立っております」

 リーセロットへのきゃわわという本心を隠して、ダイゴは恭し気に答えた。本当は日本という国名であるが、この世界ではフソウと呼ばれていることを既に知っていたので、それに話を合わせた。

「永らく戦乱の世が続いておりましたが、ノブナガ・オダという覇者が乱世を収めつつありました」

 この世界の聖歴は、元の世界での西暦に相当していると思われた。戦国時代を専門とするゲームデザイナーになることを夢見て、大学は文学部歴史学科に進み、さらに大学院で日本近世史を専攻し、織田信長や豊臣秀吉、徳川家康の合戦史を研究していた。

 修士号取得後は、人気シミュレーションゲーム『覇王・信長の決断』シリーズの制作陣に加わることが目標だった。それが、思わぬ形で役に立つことになった。信長を中心とした戦国史を要約して説明した後で、

「そのオダが、今から四年前に家臣ミツヒデ・アケチの謀反で命を落としまして、アケチを討った別の家臣であるヒデヨシ・ハシバが、天下の権力を握ることとなりましてございます」

「そのオダなる武将は、いかにして覇権を握ったのだ?」

 会話に、アウグストが割って入る。彼は、どうやら織田信長に興味を持ったらしい。

「それは、一にも二にも、鉄砲火力の発揮にございます。フソウに鉄砲が伝来すると、一〇年余の間で全国に広まりました。しかし、その価値をいち早く見抜き、戦法の中心に位置づけたのがノブナガでありました」

 ダイゴは、研究テーマの一つであった長篠の戦について得ている知識を、つなぎ合わせて答えた。

「他の武将も熱心に鉄砲を活用したことに違いはありませんでしたが、ノブナガの優れた点は、鉄砲の力を最大限に発揮するために、兵站に力を注いだところにございました」

「それはどういうことか?」

 飲みかけのビールのジョッキをテーブルの上に置いて、アウグストが問いかけた。両目に好奇心がみなぎっていた。

「弾丸と火薬の確保にございます。弾丸の材料である鉛と、火薬の原料である硝石は、我が国には多く産出しませんでした。そこでノブナガは海外との貿易に活路を見出し、他の武将に先んじて輸入に乗り出して大量に鉛と硝石を確保し、鉄砲火力の発揮に遺憾なきを期しました。これが、ノブナガが覇権を握れた大きな理由の一つにございます」

 アウグストも軍人であるからには、兵站の重要性は認識できているのだろう。だが、この時代の兵站といえば、まず糧秣りょうまつ、つまり人馬の食糧の補給を意味していた。弾薬の補給が戦勝に関わってくるとは、少しばかり意外な話であるに違いない。

「そうか、弾丸と火薬の確保が、勝敗を決したのだな!」

 アウグストにとっては、新鮮な驚きとなったようだった。

 アウグストの質問が済むと、続けてリーセロットが色々とダイゴに尋ねた。

「フソウの気候はどのようなものです? ここより暖かいですか?」

「このネイザーラントより、少しばかり暑うございます。その分湿気もあり、雨が多く降ります」

「人々は、どのような神を信じているのですか?」

「多神教が信じられており、大地にも、空にも、川にも、樹にも神が宿ると考えております」

「主な食物は、どのようなものですか?」

「コメという穀物と、野菜、魚を多く食します。肉は、このネイザーラントほどには食べませぬ」

「王はいるのですか?」

「神代の時代より続くミカドがおわしまして、ヒデヨシを初め全国の有力者に地位を与え、領国を統治させております」

 等々。「可憐」と「清楚」の印象に、「理知的」という新たな要素が加わった。ダイゴは答えながら、リーセロットの興味を引くのに成功したことを男心に感じた。

 日本の風土や歴史で話が盛り上がるなか、食事が始まる。リーセロット以外にも、テーブルを囲む人々は、興味津々でダイゴの話に聞き入った。この時代、異郷から来た人の話は貴重な娯楽源なのだと思われた。

 既に、この世界でも新大陸からトマトやジャガイモなどはもたらされているようで、昼食の中心はアリタリア風のトマトソースをベースにしたパスタだった。但し、まだ品種改良はされていない模様で、ダイゴが以前の世界で食べなれていたナポリタンやボロネーゼに比べて、酸味が強かった。

雨のためか狩猟の成果は不十分だったが、それでも予め用意されていた牛肉のローストやウナギの燻製、季節の野菜のソテーなど多数の料理が並び、野外にしては豪華な午餐となった。

 料理に舌鼓を打ちつつ、今度はアウグストがダイゴにネイザーラントの歴史について語った。

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