13
強行軍の末に、どうにかダイゴの軍はイスハニア軍の追撃を振り切り、ブレダー城に入ることができた。だが、軍は疲労困憊である。報告によれば、全軍の四割が脱落したとのことであった。状況は時間的余裕が優先するので、それも仕方ないと割り切った。ダイゴは、全軍に休養を取らせることを指示すると、城の細部の偵察に出た。
ブレダー城に到着した時、万一を考えてこの城にはある程度糧秣や弾薬を保管しておいた。それが役に立ちそうである。城内の中庭では、炊事の煙が幾筋も立ち昇っていた。
ダイゴは、城壁の上を歩いた。ブレダー城は、北側に大きな河川が流れ、南に向かっては草原が広がっており、その両側を運河が挟んでいた。草原の真ん中を街道が通っている。この城は街道を扼する造りになっており、この城を陥落させない限り、首都へは攻め上ることはできない。まさしく要害といえた。
一方、城の構造は中世のそれである。外に向かっては城壁が垂直にそそり立ち、その上には概ね等間隔で塔が立っている。既に大砲のある時代である。敵の砲弾には、耐久性に欠ける。敵将スピノラが攻城戦の名手であるならば、落とせない城ではないだろう。
街道上を、長い列を作って、とぼとぼと歩いてくる兵の姿が見えた。脱落した者たちであろう。逃げ出したくとも、ここは異国である。祖国に帰るには道が遠過ぎた。敵に捕らえられる恐れもある。とすれば、主力に追いつくしか、彼らが生き延びる道はない。
「ううむ」
ダイゴは唸った。ここを抜かれたら、後は首都まで普通に行軍しても一週間とかからない。とすれば、ここで敵を防ぎ止めることが首都を守る最後の途となる。
――今、採るべき策はなんだ?
戦国史をたどりながら、城壁を降りた。なかなか良い案が浮かんでこない。改めて、自分には過去の知識しかないことを思い知らされた。ここが自分の限界なのか、自分はやはりオタクであって、将たる器ではないのではないかと考えたりもした。首元をまさぐる。そこには、出陣前、公的な報告とは別の場として総督官邸を訪ね、リーセロットに出陣の挨拶を行った際、彼女から送られたペンダントがあった。
「これを、あなたに預けます。ご武運を祈る証として」
そう言って、総督は自分の首から下がっていたペンダントを外し、ダイゴに差し出した。彼女は今では「卿」ではなく「あなた」と、ダイゴを呼ぶ。
「父から、一五の誕生日の時に贈られたものです。お守りになるかはわかりませんが、今のわたくしにできるのは、このくらいなので」
ダイゴは、手を伸ばして拝領した。リーセロットへの個人的感情と同時に、自分の肩にかかった国の運命の重さを、そこに感じた。
◇◇
会議室に指定した広間に戻ると、アルテュールが総司令官代理を探していた。
「首都からの早馬が到着しました。書簡が届いております」
彼はそう言って、手紙を差し出した。自分宛てのものである。裏を見ると、赤い蠟の上にオラニェ公爵家の紋章のシーリングスタンプが押されていた。差出人はリーセロットである。急いで封を切り、内容に目を走らせる。
内容は、首都で不安が広がっているということ。必要な物資等があれば、急送する用意があること等がつづられており、また、ダイゴを驚かせる重要な情報も記載されていた。これは、ことによったら、戦争の帰趨を左右しかねない情報であった。そして最後に、
「卿を信頼して、この国の未来を託します。ご武運を」
という一文が記されていた。
リーセロットの信頼!
ダイゴにとって、これ以上の発奮材料はなかった。そして彼にとって、絶対に裏切れぬものである。あらゆる懸念材料は、一気に吹き飛ぶ思いだった。次の瞬間、ダイゴの脳に策の腹案がひらめいた。




