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「やむを得ん。両翼を後退させよ」
戦況の不利を悟ったダイゴは、両翼を後退させて、戦線の平坦化を考えた。だが、それは容易ではなかった。両翼は、イスハニア軍の逆包囲に捕捉され、後ろに下がろうにも下がれなかったのである。
何か策はないかと記憶を総動員しても、何も思い出せなかった。
「このままでは、両翼の大隊が壊滅してしまいます。総司令官代理、中央付近の大隊の一部をもって、支援に回すべきです!」
幕僚長の度を失ったかに見える進言は、際どい賭けのように思えた。もし、敵がこの時を狙っていたとしたら? 手薄になった中央を突破される! だが、躊躇している時間はなかった。
「中央から二個大隊を引き抜け。両翼に回すのだ!」
◇◇
ネイザーラント軍中央が手薄になったのを看破したのか、イスハニア軍が新たな動きを見せた。
中央の二個テルシオが縦列で攻撃前進を始めた。パイクの矛先が、陽光を煌めかせている。突撃力は十分残っていた。それが、ネイザーラント軍中央に向かって迫ってくる。
「やられた――!」
ダイゴの背筋を、冷たい汗が流れ落ちていくようだった。
「中央の大隊の火力を、最大限発揮させろ。遠距離の内に努めて喰い止めるのだ!」
――ここが正念場か。
ネイザーラント軍のマスケット火力が勝つか、イスハニア軍のパイクが勝つか。
銃弾を放っても放っても、イスハニアのテルシオは、前進を止めようとはしなかった。戦線の中央は、今や押し合いの状態だった。
◇◇
その渦中で、大隊長ハンスは、決死の覚悟でイスハニア軍の前進を食い止めていた。今や彼の大隊は、数倍の敵を相手にしなければならない状況に陥っていた。
射撃、また射撃。
とうとう、至近距離から敵のパイク兵が突撃を開始した。
「マスケット兵は下がれ! パイク兵、横隊に展開せよ!」
壮絶な、パイク同士の叩き合いが開始された。だが、こうなるとパイク兵を減らした分、ネイザーラント軍の不利は目を覆うべくもなかった。
ハンスは、倒れたパイク兵のパイクを自ら手に取って、
「断じて引くな!」
と、声を枯らして叫んだ。
至近距離から、敵のパイクが繰り出された。
ハンスは切っ先をかわすと、繰り出した敵兵の脳天に自らのパイクを振り下ろした。
騎乗した敵の将校が、サーベルを振りかざして突撃してくる。
ハンスは姿勢を低くし、パイクを馬の首元に突き込んだ。
敵の馬は前脚を高く蹴りたて、勢いあまって騎乗していた将校は宙に放り出され、地面に叩きつけられた。
◇◇
「右翼先頭大隊が壊乱しました!」
伝令が、ダイゴのいる本営に凶報をもたらした。
「このまま放置すれば、右翼から我が軍は崩壊します! 閣下、ここは軍を引き、戦場を離脱すべきであると進言いたします」
幕僚長が馬を寄せて、ダイゴに注進した。打開策は何かないかと必死に戦例を思い出そうとするが、浮かんでこない。
――万事休す。
「今ならまだ、戦力の過半は無事です。ご決断下さい!」
――やむを得ない。
ダイゴは悟った。
「退却を命ずる。右翼には努めて現在地で態勢を立て直させよ。左翼は速やかに後退。後退目標はブレダー城」
「ははっ!」
勝敗は決した。




