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「来たか。よし、中央の連隊を下げよ」

 スピノラは、菱形の陣形を正面三個連隊、その背後に一個連隊に変換することを命じた。にわかに戦場音楽が変わった。イスハニア軍のテルシオは、敵に対して底辺を向けた三角形に変わった。

 この時代の軍隊の動きは、後世のそれに比べれば、非常に緩慢なものである。まず戦場に出るに先立って、傭兵を集めなければならない。募兵した先(多くの場合外国)から、戦場に連れてくるのにも、数ケ月程度の時間が必要である。

 そして、元は農夫や失業者であった者たちが一人前に戦えるよう、マスケットやパイクの操作法を教育することが待っている。個々人の単位での武器の操作法の習得が終わると、小隊、中隊、大隊、連隊の順で部隊単位の行動を訓練する必要がある。

 合計すると、年単位の時間がかかる。この点は、いずこの国でも変わらない。敗北が重なったイスハニア低地派遣軍は、軍の立て直しのため、このプロセスを最初から始めていた。

 当然、この期間、戦争は停止された。イスハニア軍は占領地に引きこもり、低地に対して進攻する態勢になかった。

 これに加えて、ブラッセ市でベニート・スピノラが進めていたのは、低地軍に対抗し得る戦術の考案であった。

 執務室の机の上には常に地図が広げられており、そこにはトゥルンハウト会戦の概観図が描かれていた。それを見ながら、スピノラは思索を巡らせていた。

「中央を突破するつもりが、逆に包囲されたか……」

 スピノラは、参謀の報告を頭の中で再生した。マスケット火力を効果的に発揮する手法を、既に敵は身に付けている。これを全軍に普及するのに、低地側は二年を費やしたという。我が軍が同じことをやろうとするには、普通に考えれば、さらにあと何年も必要だろう。だが、

「低地討伐を急げ」

 と、低地派遣軍に対して作戦を督促する国王フェルペ二世の書簡が、着任以来何通も届いている。時間の余裕は多くない。叱咤ほどには、軍資金の送付は多くなかったが。

「包囲を許さぬ方策が必要、か」

 スピノラの考えを実行に移すには、テルシオの編制・装備を見直し、訓練をやり直さなければならない。これを、限られた時間でおこなうのである。イスハニアの黒狼は、本営にて頭脳を高速で回転させた。

 ◇◇

 両軍のマスケット兵が、射撃距離に入った。前線の方から発砲音が盛んに聞こえてくる。その周辺には、白い煙が立ち込めていた。

 スピノラは、次の戦いでも敵が突破を逆手に取った包囲を仕掛けてくることを予期していた。

「包囲させなければよい」

 これが、スピノラの出した結論だった。

 そのため、中央のテルシオからマスケット兵を引き抜いて、両翼に配置した。包囲のカギとなる翼の先端部分に火力で打撃を与えるためである。その目論見は当たった。低地軍は、敵の中央への突出を誘って包囲するつもりだったのだろうが、イスハニア軍はこの手に乗らず、逆に左右両翼の先端のみが衝突し、猛烈な射撃戦が発生している。

 スピノラの策は、当たりつつあった。

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