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ブラッセを進発しようとするスピノラの基本戦略は、既に参謀を通じて各連隊長にまで徹底してある。
第一に、低地軍の主力を撃破する。
第二に、連邦首都を攻略する。
ネイザーラント連邦共和国は、元は州の同盟である。現在でも各州の独自性は強いという。求心力の中心は、首都にある。とすれば、首都を占領されれば、連邦共和国は求心力を失って、分解する。それで、この戦争は終結する――これが、スピノラの戦略構想であった。
先頭の連隊の直後で、参謀を従えて予定時間を待ちつつ、イスハニアの黒狼は、ふと家族のことを思い出した。
――この戦争に勝てば、久しぶりに祖国へ帰れるだろう。そうすれば、しばらく会っていなかった妻子と再会できる。息子はもう一三歳で、そろそろ軍務を学ばせてもいい歳になる。娘は一一歳だが、将来の嫁ぎ先を考えてやらねばならん。妻の健康はどうだろう。領地とは別に、温暖な土地に館を移すべきかも知れぬ……
「軍司令官閣下」
その個人的思索を、参謀長の声が遮った。
「最新情報が届きました。低地軍主力が、敵の首都で出動準備中とのことです。兵力は一万以上と見積もられます」
騎兵伝令が届けた文書を、馬上で広げて、その内容を参謀長が要約して読み上げた。
「うむ。本日の露営時に、今後の対応を検討しよう」
作戦計画は国境まで――が原則である。戦略は、よほどの重大な状況の変化がない限り、基本として不動でなければならない。しかし戦略を実行に移す作戦は、刻一刻と変化する状況に応じて柔軟に変更しなければならない。
鐘楼の鐘が響き渡り、その音に地面で餌を探していた鳥たちが一斉に空へと羽ばたいた。
「前進開始せよ」
そう命じた軍司令官の鞭は、北を指した。その方向には、これまで低地とイスハニアの間で度々攻防と奪取が繰り返されたアンベルス市がある。その別名の由来である黒く塗装された甲冑に身を包んだ司令官を乗せて、軍馬は歩みを始めた。




