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 野遊びといっても、ダイゴには馬に乗ることしかできない。野原のなかの一本道を外れずに進む。

 オラニェ家別邸を出て、半刻も馬に乗っていただろうか。怪しかった空模様が、とうとう雨になった。すぐに止みそうだが、雨に打たれて風邪でも引いてはちょっと問題だ。少しの間でも雨宿りをしなければならない。ダイゴは、やや離れたところに大樹を見つけ、馬首を向けた。彼は馬に乗り始めてから、まだ一週間くらいしか経っていない。与えられた馬は、容易にいうことを聞こうとはしなかったが、それでも何とか大樹の下に辿り着き、一安心に至った。

「やれやれ、直ぐに止めばいいけどな」

 馬から降りたダイゴは、特徴的な広めの額に着いた雨粒をぬぐいながら、ひとり言を口にした。ここに来る前の世界では、雨傘があったし、レインコートもあった。乗り物なら自動車や鉄道、飛行機というものもあった。

 だが、ここにはそんなものはまったく存在しない。移動となると、自分の足で歩くか、馬に乗るしかない。乗馬は、初歩の初歩をやっと覚えたところである。スローライフといえば聞こえはよいが、我慢し難いほどの不便としかいいようがなかった。

 前の世界で好んで読んでいた「異世界転移モノ」、「異世界召喚モノ」の現実がいかに厳しいか、身をもって学ばされていた。おまけに、ここには魔法もなければ、聖剣もない。オークもエルフも魔王もいない。単なる近世社会である。それが少々面白くなかった。何故か言葉は理解できるし、文字も読めるのがせめてもの幸いである。

 ダイゴはさいたまスーパーアリーナで開催された、推しの声優も出演するキャンパスアイドルのスーパーリアルライブイベントの帰り、さいたま新都心駅の階段で足を踏み外し、転げ落ちて気が付いたら、この世界にいた。異世界に来たことを認識するのに、半日は必要だった。

 ふと、来た方を見ると、別の一騎がやって来た。どうやら、同じく雨宿りの場所を探しているようである。

 ――あれは……

 ダイゴは、ある種の予感を覚えた。相手の顔が見えた。庭に倒れているところを救われ、今のところ世話になっているナッソー家で、邸宅の壁にかけられた肖像画に描かれている人物、それが近寄ってこようとしているのである。

 馬が止まった。騎乗している女性が、鐙から片足を外した。

「わたくしも、雨宿りさせて下さいまし」

 ――正しくそっくりの声だ!

 ダイゴは、心の内に興奮を覚え、萌えた。年の頃は一六、七歳だろうか。大きめの瞳の色はエメラルドグリーンで、目鼻立ちが麗しい。頬から顎にかけての輪郭が、柔和な性格を表しているかのようだった。青みがかった銀髪は、三つ編みを両耳の後ろに下げ、長い巻き毛の頭髪の脇を飾っている。

 着ているものは、フリルをあしらったソプラヴェステで、淡いブルーを基調としていた。頭部を覆うのは、レースが付いたボンネット。首飾りが銀色で、アクセントとなっていた。

 端的に表現するならば、「可憐」にして「清楚」、顔面国宝であった。そしてその声は、湘南白菊女学院キャンパスアイドル研究会“Minkx(ミンクス)”の、そのなかでもひときわ尊いセンター、河井瑠々奈のCV(キャラクターヴォイス)を務める声優、坂之上須美麗さかのうえすみれそのものである。以前のダイゴは、そのATMだった。

 少女は、ダイゴにさらに穏やかな口調で語りかけた。

「あなたは……失礼ですけど、あまり見慣れないお顔立ちをしておいでですのね。異国の方でいらっしゃるのかしら?」

「失礼仕りました」

 我に返ったダイゴは、貴人に対する礼を取った。「お初に御意を得ます。それがし、ナッソー将軍の食客にして、名をダイゴ・ノダと申します。大陸東岸の方より参りました」

 時代劇のような調子だと自分でも思ったが、事実そのような時代だし、貴族が相手ならこれでよいと瞬間的に自分を納得させた。

「さようですの。わたくしは――」

「存じ上げております。オラニェ公爵令嬢リーセロットさま」

 ――ああ、神すぎ。夢じゃなかろか!

 この瞬間、ダイゴにとって異世界での推しが誕生した。

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