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 デンヘイグ市ビンネンホフ街。

 ネイザーラント連邦共和国総督官邸の総督執務室では、朝から婚姻の自由、夜警隊等の官憲による拷問の禁止、検閲の廃止、新旧教を問わない信仰の自由を保障する重要な各法案について、立て続けに報告がおこなわれていた。

 昼食をはさんで、第一書記局法制部書記官が報告し、それを聞いてから国務評議会提出の書類を決裁するのに、リーセロットは忙しかった。

すべて彼女自ら考え、起草させた法案である。これらの法案は、次の全国議会に提出されるであろう。

 自分でも、総督の職務がほんの少しずつではあっても、板に付いてきたように感じる昨今だった。官邸付の侍女が、命じられた茶を持って執務室に入ってきた。

「ありがとう。そこに置いて」

 侍女は、サイドテーブル上にティーカップを盆から移して、下がった。

 砂糖を落とした茶に口をつけつつ、リーセロットは、今日の仕事を振り返った。婚姻の自由を定める法案には、特に思い入れがあった。ネイザーラント(に限らない。大陸西岸では一般的に)では、婚姻は両当事者だけでなく、両者の一等親の親族の承諾を必要とするのが慣習であった(当事者だけで強行する場合も少なくなかったが)。だが、この法案では、婚姻は両当事者だけの合意で成立すると定めたのである。

 ――結局は、母上のおっしゃるとおりに決まるのですもの。

 どの道、自由にはならない自分の結婚に対する、これは彼女なりの反発の表れであった。

 そのことを思い返していると、ドアをノックする音がした。

「お入りなさい」

 その声を聞いて入室したのは、三人いる秘書官のなかの一人であった。

「総督閣下、本日の呈覧文書でございます」

 秘書官はそう言って、各州からの陳情書や各書記局からの報告文書、新聞等を執務机の上に積み上げた。一国の行政の長ともなれば、報告される情報の量も、膨大となる。各書記局で一応(ふるい)にかけられるが、それでも毎日届けられる文書は、結構な高さの山を築く。

 秘書官が退出すると、リーセロットは文書に目を通し始めた。堤防の補修に対する補助金の陳情の申し込み、食料品の値上がりへの対策の要望、輸入品に対する関税の引き上げ要請など、どれもこれも頭が痛くなるような内容だった。普通の二十歳そこそこの娘だったら、逃げ出したくなるような課題ばかりである。

 ――できることなら、わたくしだってそうしたいとは思うわ。

 公爵家に長女として生まれたがゆえの運命さだめとして、日々向き合ってはいる。就任当初から比べれば慣れてきたとはいえ、亡き父への誓いと、イスハニアに抱いた感情ゆえ我慢してやっているという面も確かにあった。

 友だちの貴族令嬢の多くは既に結婚して家庭に入っているか、結婚準備のため学問を積み、あるいは相手を探す社交活動に忙しいようである。それに比べて、自分の置かれた境遇が不毛なものではないかと少しは考えないでもない。

 書類に、次々読了のサインをしていくと、記憶にある文字で自分宛の名が記された封筒が現れた。

裏を見ると、差出人は、「スフラーフェンハーヘ伯爵ダイゴ・ノダ」とある。

 一瞬、リーセロットは、鼓動が早くなるのを感じた。だが次の瞬間には元に戻し、それから急いで封を切った。まるで、待っていた恋文を開けるような仕草だった。

 書簡は、軍事内局を通じて上げられた公式の軍状報告とは別に、ダイゴが前線の様子を伝えてきたものである。

「――前線の兵士のなかには、首都に残した家族と再会を希望する者も多く、一方でイスハニア軍も、ここ最近のところ動く気配を見せません。一度、軍主力を首都に帰還させることをお許し頂きたいと存じます。

  閣下の忠実なる代理 スフラーフェンハーヘ伯爵ダイゴ・ノダ」

 読み終えたリーセロットは、総督付書記官の一人を呼んで軍事内局に差し遣わした。軍事については、ダイゴの不在時には、依然として叔父を頼りにしていたからである。

 二刻ほどして戻った書記官は、「同意してよろしかろう」という長官の返事を携えていた。

 それを報告されて、リーセロットはその書記官に対し、軍の帰還を許可する命令書を起草するよう命じた。

「本日中に、わたくしのところに持ってくるように」

 とつけ加えて。

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