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 イスハニア低地派遣軍の本営は、南部同盟ブラッセ市の市庁舎を接収して、そこに置かれている。

 長身の新司令官は、割り当てられた自室で、便箋にペンを走らせていた。本国の妻宛の手紙である。彼は、伯爵家の当主でもあった。前任地のフランク戦線では、ろくに手紙を書く暇もなかった。短いが自分の時間を、しばらくぶりに持てた。

 自分の近況を記した後、今年一二歳になる息子には、王宮に上がる準備として武芸と乗馬を怠りなく習わせること、一〇歳の娘には将来どこの家に嫁がせても恥ずかしくないよう、貴族の子女に必要な語学や文芸といった学問を積ませることを指示し、やや体の弱い妻をいたわる一文で最後を締めくくった。フランク戦線から転任し、まだ祖国へは帰れそうにない。妻子とは、もう三年も会っていなかった。

 副官を呼び、便箋を入れて封をした封筒を本日中に出すよう手渡すと、その足で、新任の低地派遣軍司令官ベニート・スピノラは、会議室へと向かった。市の教会から、時を知らせる鐘楼の音が聞こえた。命じておいた時間に遅れてはいない。

 派遣軍の全参謀は着席して、新司令官を待っていた。長身の新司令官が入室し、彼らが立ち上がって不動の姿勢で一礼すると、スピノラはそれに応え、司令官の席に着いた。参謀たちが着席すると、スピノラが口を開いた。

「トゥルンハウト会戦以来、我が軍が不利な形勢にあることは承知している」

 参謀たちは、表情を固くした。次に叱責が振りかかってくると覚悟した。だが、

「戦の勝ち負けには、明白な理由がある。負けたならば、敵に学ぶことが、次の勝利への道だ」

 冷静かつ理性的な司令官の言葉は、彼らの予想を裏切るものだった。スピノラはフランク戦線において、攻城戦を得意とする猛将としてその名を轟かせていた。参謀たちは、最初に新司令官から雷威を被るものと覚悟していたのである。その場の空気が変わることを、誰もが実感した。

「諦めは、愚か者の結論である。私は愚か者にならぬ。そこで、まずは過去の敗因を明らかにせねばならない。――参謀長」

 指名された参謀の長は、即座に反応した。

「ははっ」

「まずは、概況を知りたい。トゥルンハウト以後の各戦いの戦況について、包み隠さず説明せよ。いいか、包み隠さずだ」

「承知仕りました」

 スピノラはつけ加えた。

「過去の敗北や、その責任は咎めぬ。ありのままを報告せよ」

 この一言が奏功し、参謀たちから過小評価も誇張もない情報が次々と述べられた。

 ◇◇

「すると、敵の指揮官が、ダイゴ・ノダなる人物に交代してから、以前のようには勝てなくなったというのだな」

 司令官の問いに、作戦参謀が答えた。

「左様でございます。我が軍は、時に銃火力で圧倒され、時に巧妙な機動に翻弄され、遺憾ながら敗北を重ねて参りました」

「ふむ」

 右手を髭の整った顎に当てて、スピノラは考え込んだ。鉄砲火力の優越で、トゥルンハウト会戦では惨敗に終わったと既に承知していたが、この男がその立役者だということか。ダイゴ・ノダとは、氏名からして、低地の人間ではないように思え、興味を惹かれた。

 トゥルンハウトでは低地軍の軍監だった男が、今や低地軍総司令官代理として、彼の前に立ちはだかっている。その男は、鉄砲火力を最大限に発揮する要領を考え出し、さらには奇計や攻城戦にも通じているという。フランク戦線にもいなかった強敵であるかのように感じられた。

「今後のことについて示す」

 スピノラは、熟慮の末に指示を出すこととした。

「最も優先するべきは、敵の強みを知り、それに対処することである。そのため、敵の編制と戦法を知らねばならぬ。二ヶ月の時間を与える。各部門、参謀は低地軍の戦い方を深く研究し、その強みと弱みを洗い出し、どのようにすればこれに対処できるか、具体案を出せ。予断や侮りは禁物だ。冷静に、飽くまで冷静に考えよ。本日は、これまで」

 スピノラは周囲を見渡し、そして舞台俳優のような身のこなしで席を立った。

 会議は終了となった。フランク戦線で「イスハニアの黒狼」と呼ばれた智将は、今全身の血が沸き立つ思いであった。そして、軍靴の足音高く会議室を後にした。

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