2
時の流れは止められず、出来事はやがて過去となり歴史と化す。ネイザーラントでも、それは例外ではない。
ヴィレムの死から、二年が経過した。
初夏の週末、狩猟と午餐会を兼ねたオラニェ一族の野遊びが、首都デンヘイグ市郊外のオラニェ公爵家別邸で催された。集まったのは、オラニェ公家、親戚のナッソー一家、その他縁者と近臣や使用人たち約二〇人である。
片足が不自由で馬に乗れないナッソー家当主アウグストを別邸に残して、参加者たちは思い思いの方向に馬で散っていった。二年前に暗殺されたヴィレムは、アウグストの異母兄である。別邸の中でソファに座り、この時代においては王侯貴族しか口にできない茶を惜しむようにすすりつつ、低地諸州同盟政府軍事内局長官であるアウグスト・フォン・ナッソーは、思索を巡らせていた。
オラニェ公爵家の故地は東の隣国ゲルマーニャにあり、そのため彼は現在でもゲルマーニャ風の氏名を名乗っている。
――差当り、ブリタリアの援軍はどれぐらい当てになるか。
ネイザーラントの北西に面して広がる高海を隔てて西に浮かぶ島国ブリタリアは、唯一の友好国といえた。目下のところ、それが最大の検討課題である。だが、心配の種は、他に幾らでもあった。
――もしイスハニア海軍が、ブリタリア海軍を撃破したら。
――全国議会が、軍事予算を承認しなかったら。
全国議会とは、低地諸州同盟の最高意思決定機関である。アウグストの懸念の一つでも的中すれば、低地諸州同盟の命運はどうなるか、わかったものではない。彼は長年兄ヴィレムと行動を共にして、軍事面で兄を補佐していた。
本当のところ、アウグストは政治が苦手だった。「一介の武弁」を称する彼は、本来であれば戦場でこそ真価を発揮できる軍人であったが、過去の戦闘で落馬事故に遭い、片足の機能を損なって戦場には出られない体になってしまった。以後、不本意ながら首都にあって軍事内局長官の椅子を預かっている。だが、こんな心配をさせられるくらいなら、前線で命を賭して戦う方が、アウグストにとっては遥かに性に合っていた。
――兄上、正直私は恨めしいですぞ。
兄が生きていれば、自分はもう少し楽ができるのではないか、と思わないではない。不毛だが、それが偽りのない気持ちだった。