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ブリタリア島の西側に出ても、大陸=ブリタリア海峡での幾たびかの海戦の時と変わらず、波は荒かった。ブリタリア島の沿岸を一周するように航路を取り、疲れ果てた艦隊は祖国を目指した。母港を出撃した時、戦列艦だけで一二〇隻を数えたイスハニア艦隊は、約半数にまで数を減らしていた。完全な敗北だった。内海の穏やかな波に慣れたイスハニア海軍にとって、北の海はあまりにも環境が違った。そこでの戦いは、接近戦と艦から艦への斬り込みを得意とするイスハニア海軍には、未知のものだった。機動力を駆使して遠距離から砲戦を挑むブリタリア海軍に翻弄された。短期でブリタリア海軍を殲滅し、陸軍と共同して上陸する作戦は絵空事と化した。
艦艇の数は削られるように減り、砲弾の欠乏で遂には戦えなくなった。水と糧食も不足し、何隻かはこれらを求めてブリタリアの西隣の島嶼へ進路を取った。艦隊司令官にこれを阻止することは、もはや不可能だった。将兵は衰弱し果て、馬糧のなくなった軍馬は、海に投げ込まれた。
イスハニアの呼号した「海上決戦」は、ブリタリアの勝利に終わった。凱旋したブリタリア海軍将兵を前に、女王ベス一世は、
「私自らが指揮官として、貴方たち将兵全員の戦場での働きに報います」
と勝利演説をおこなった。
ブリタリアの勝報は、国内に留まらず、大陸各国をも駆け巡った。駐ネイザーラント・ブリタリア大使は、速報を手に低地諸州同盟枢密評議会へと自ら馬を走らせた。枢密評議会から第三書記局と軍事内局へ、さらに総督へ、そして全国議会へと、情報はもたらされた。




