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 食堂での昼食のあと、ダイゴはテーブル越しにリーセロットの表情を伺った。そこで見る限り、視察前と視察後では、リーセロットの顔色に見せる明るさは、確かに増していた。約二年前の初対面時、可憐にして清楚な美少女だった彼女は、以前の輝きを留めつつも、一国の指導者としての趣を有するようになっていた。

 茶が出されて、従卒が下がると、それを見計らったように、リーセロットに随行してきた書記官が近くに来た。ダイゴは、話題を切り出した。

「マスケット火力の強化について、お願いいたしたき議がございます」

 マスケット兵を増加させようとすれば、当然、銃、そして信長が重視したように弾丸と火薬を十分に確保しなければならない。信長が鉄砲火力を増強できたのも、堺・国友という鉄砲の生産地を支配下に収めたからであった。幸い、この時代のネイザーラントは工業が発達した土地であり、予算さえ確保できれば、マスケットの量産は可能だと思われた。

「まずは、銃の更なる量産。そしてそのための予算の裏付けでございます。これまでは過去からのストックで対応して参りましたが、実戦が始まれば、銃は消耗品でありますゆえ」

 と言いつつ、ダイゴはこの件を以前アウグストに進言した際、

「前にも言ったが、簡単に考えてくれるな。相手は全国議会だ」

 と再度頭をかきむしられたことを思い出した。そのあと、ダイゴの見えないところで、アウグストと第二書記局との間の激しいやり取りがあっただろうと予想した。

「さらに」

 問題は、火薬の原料となる硝石と、弾丸の材料である鉛である。この時代、鉛はゲルマーニャ国内で産出している。神聖帝国皇帝カルル五世の勅令が、「鉱山は、全聖教国のなかで、とりわけ神聖帝国に神が与え給うた大きな贈り物であり、金、銀、錫、水銀、鉛、鉄などの年々の産額は、一〇〇〇万グルテンにも上っている」と述べているように、各種の金属資源は神聖帝国・ゲルマーニャの国力の源であった。

 ゲルマーニャとネイザーラントの外交関係はどちらかというと良好ではないが、ことは商売だから現金を積むことで解決できるかも知れない。商人同士の水面下での商売で輸入できるだろう。

「しかし、金で片が付かないのが、硝石でございます」

 この時代、硝石は異教徒オットマン帝国の領域か、そのさらに東にあるブリタリアの植民地、大陸南岸の亜大陸、そしてイスハニアが植民地を有する新大陸にしか産出していない。

 ブリタリア政府は、硝石を専売品にしていた。異教徒から輸入することは、当然不可能だから、硝石を安定して入手するには、ブリタリアとの友好関係が必要不可欠となる。――後の時代であるが、ブリタリアとフランクの戦争(この二国は、イスハニアという共通の敵がありながら、相互に「永遠の宿敵」と認識するほど、伝統的に仲が悪い)では、海外に硝石の産地を持たないフランクが、硝石の欠乏ゆえにブリタリアに敗北している――枢密評議会と第三書記局には、借りを作ってでもブリタリアとの関係を円滑にしてもらわなければならないだろう、と。

 ダイゴの要望を聞くリーセロットは、一々頷いていた。随行の書記官が、その背後でメモを取っていた。

 ダイゴは、テーブルの上の呼び鈴を鳴らして、従卒を呼んだ。

 離れていた場所で待機していた従卒に、「例の物を」と小声で指示する。

 少しして、従卒は盆の上に小箱を乗せて再度近付いた。

「総督閣下は、甘いものがお好きであると伺っております」

 従卒が小箱をリーセロットの前に置くと、ダイゴは述べた。

「手土産として焼き菓子を、特に厨房に命じて作らせました。よろしければ、お持ち帰りになり、ご賞味下さい」

 手に取ったリーセロットは、思わず顔をほころばせた。思わぬ土産、それも好物である。ダイゴが、このような心づかいのできる男だと、この時彼女は知った。

 官邸に戻るため馬車に乗る前、見送りの位置にいたダイゴに、

「卿の働きに安心しました。今後とも、励むように。頼りにしています」

 と告げて、リーセロットは総督官邸に向けて帰路についた。

 傍らに副官のアルテュールがいるのでなければ、総督を見送る軍監兼軍事学校長は、その場でニチャアしたかも知れない。

 ――頼りに、漏れを頼りにしているといった。リーセロットさまが、漏れを頼りにしていると!

 ◇◇

 一方、馬車に揺られながら、リーセロットは掌の上に置いた小箱を嬉しそうに眺めていた。

 ――ダイゴ・ノダ……

 のちにこの時を振り返って、自分の心にささやかな気持ちが生まれたのかも知れないと、彼女は思った。

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